ELECTRIC LOCOMOTIVE EF58
EF5861 1994〜1995

Last Update 2013.10.24

お召し列車牽引用として製造された61号機。美しく磨き上げられた各部、車体をぐるりと取り囲んだステンレスの飾り帯、お召し列車牽引用の専用装備など、一般機とは異なった仕様です。また、現存する唯一の原型大窓機でもあります。

他のEF58が廃車になるなか動態保存機としてJR化後もJR東日本田端運転所に配置され、かつての古巣、東京機関区のあった品川運転所に常駐し各種イベントを中心に活躍していましたが、平成20年(2008年)にお召し電車E655系の登場と入れ替わるかの様に、事実上現役を引退。現在は東京総合車両センターの御料車庫に1号編成と共に保管されています。

あんまりフォローしてないのですが1994年に私が鉄道写真を再び撮り始めた1994年からの姿を紹介したいと思います。画像をクリックすると大きなものが表示されます。

 1994年
EF5861 かつて高崎や長岡のゴハチたちが駆け抜けた上越国境の有名なΩカーブを「東サロ」と行くロクイチ。流線形EF58と上越線は登場時から切っても切れない縁。
この場所はかつてEF16や181系「とき」を撮りにきた懐かしい場所です。当時は岩原スキー場前は臨時駅で冬季のみの営業でした。風景はほとんど変わっていませんが、列車本数の激減(新潟色115系にも)には驚かされました。ちなみに、このときが約10年ぶりのロクイチの撮影でした。
越後中里―岩原スキー場前 1994.9.4
EF5861 上の列車の返しです。これは確か「鉄道友の会・東京支部」創設30周年を記念して走った物だと思います。この撮影ポイント、かつては線路間の虎ロープは無かったですね。 この頃の61号機のパンタ碍子には1996年お召整備まで緑の絶縁樹脂が塗られています。
岩原スキー場前―越後中里 1994.9.4
EF5861 61号機と89号機が重連で旧形客車4両を品川〜小田原間で牽引した「EF58重連 鉄道記念日号」。これは61号機先頭の復路で、途中から東海道貨物線を経由で運転されました。曇りと思ってこの場でスタンバイしてましたが列車が来る直前に晴れてきてしまい無惨な結果に。でも、順光側は東海道下りが被りだったようで…。
9821レ「EF58重連 鉄道記念日号」  二宮―国府津 1994.10.16
EF5861 EF5889 小田原に到着後、列車ごと引き上げ線で留置中の姿を横から。つらら切りや前面窓の違いはもとより、御召機61号と普通のゴハチ89号との各部の差違が良く分かります。こうして並んでみると大宮工場独自の「ため色」の61と「ぶどう色2号」の89の色の違いも一目瞭然。
「EF58重連 鉄道記念日号」  小田原付近 1994.10.16
EF5861 EF5889 さらにアップで。前燈のケーシングの太さがLP42とLP402では大きく異なることが分かります。横から見ると、パックの(と言うかゴハチの)つらら切りの巨大さが際立ちます。
「EF58重連 鉄道記念日号」  小田原付近 1994.10.16
EF5861 EF5889 同じく「EF58重連 鉄道記念日号」。小田原駅下り方の引き上げ線で折り返しを待つ61号機と89号機。客車が4両と短いのが玉に瑕ですが、ヘッドマーク無しのさりげない姿が良かったです。この写真、線路端の高いフェンスの上から撮っているんですが、この時、その場で脚立を貸して下さった方、改めてありがとうございました。
「EF58重連 鉄道記念日号」  小田原付近 1994.10.16
EF5861 EF5889 この時は折り返しまで時間があり、色んなアングルで撮影できました。小田原駅の早川寄りの跨線橋より。

「EF58重連 鉄道記念日号」  小田原付近 1994.10.16
EF5861 EF5889 引き上げ線から推進で小田原駅に入線する同列車。後ろのパックや旧客との色の違いがお分かり頂けますでしょうか?1996年のベルギー御召し以後、御召し整備や全検を受ける度に色が明るくなり、溜色とはちょっと違ってきている様に思います。
「EF58重連 鉄道記念日号」  小田原 1994.10.16
EF5861 EF5889 89号機と重連のまま、機回し作業の開始です。綺麗そうに見えるロクイチですが、正面の塗装が浮いてきています。この後、このままパックがロクイチを従えて往路の重連の先頭に立っています。なお、この時の運転では、乗務員さんの制服も旧式の物を着用されているなど、なかなか拘ったものでした。(最近のものはどうなんでしょうね?)
小田原 1994.10.16
EF5861 品川駅で発車を待つ「忘年列車」。夏の「納涼列車」とともに平日の夕刻に首都圏を中心に各方面にジョイフルトレインを使用して運転されました。品川発の物には61号機や89号機が充当される機会も多く、気軽にロクイチやパックに会える列車でした。

9818レ  品川 1994.12.1
EF5861 同じく忘年列車です。後ろの下り東海道線の乗客も興味津々と言った感じです。
品川発の物は時期によって運転経路は色々あったと思いますが、この時は品川を出て今は無き貨物線で浜松町に向かい、そこから折り返し東海道貨物線を高島駅まで行き、再び貨物線を経由して品川まで戻ってくるスジだったと思います。(記憶が既にあいまい…。^^;)

9818レ  品川 1994.12.1
EF5861 同じく忘年列車の先頭に立ち夜の高島駅にて出発を待つロクイチと12系お座敷客車「なごやか」。今は無き高島駅の広々とした構内の暗闇に61の機械室の白熱灯が映えて良い感じです。高島駅には照明塔が一つだけでほとんど真っ暗でしたが、周辺のみなとみらいのビル灯りで何とか撮影可能でした。
9816レ  高島 1994.12.1
EF5861 少し長目の画角での撮影。ロクイチの顔が信号機の赤で浮かび上がりました。編成の最後部にはEF65PFが繋がっており、この時は全区間プッシュプル運転でした。この日は12月にしては湿度が高く、長時間バルブしてみると街の灯りが夜空に反射して、なんとも幻想的な雰囲気になりました。
9816レ  高島 1994.12.1
EF5861 折り返しまで時間があるので反対側に回って…。運転室や機械室の白熱灯が幻想的で美しい姿でしたが、肉眼では真っ暗でピント合わせもままなりませんでした。思えばこの日がEOS-1Nの初仕業でしたMFのFDレンズからAFに変わったのもつい最近に感じますが時代は今やデジタル。この場所も巨大な建造物が建ち並び、今ではそこに駅があった事は想像すらできません。時の経つのは早いものです。
9816レ  高島 1994.12.1
EF5861 ランドマークタワーとロクイチ…。少々露出差があり過ぎで今ひとつですね。 みなとみらいのビル群も、いまはもっと数を増しています。この高島信号場も既に無く、みなとみらい21地区を通過する貨物線は現在地下に潜っています。この位置は現在の富士ゼロックスR&Dスクエアあたりでしょうか…。
9816レ  高島 1994.12.1
 1995年
EF5861
JR東日本では元旦に色々な方面に「初日の出号」が運転されますが、かつては客車JTでも運転されていました。61号機は何度か「熱海初日の出1号・2号」に充当されました。客車は全て品川客車区の12系和式客車「江戸」で、新宿〜熱海、熱海〜品川で運転されました。そのまま恒例になるかと思われましたが結局この翌年の96年が最後でした。
ファンにとっては嬉しいお年玉でしたが、反面、大晦日から元旦にかけて家族とゆっくり過ごす時間が取れないと言うジレンマに…。今にして思えば贅沢な悩みですね。これは品川で新宿までの回送を待つ姿。
回9521レ  品川 1995.1.1
EF5861
「熱海初日の出1号」を牽き根府川に停車中の61号機。丁度初日の出が上った直後で、乗客が窓から顔を出してます。後ろにはお座敷電車「ゆう」を使用した「3号」も停車しています。「熱海初日の出号」は「1号」「3号」共に」根府川で初日の出を拝む設定です。ロクイチには上下で異なるヘッドマークが取り付けられ、この年は下り方がこの赤富士マーク。マークの配色が後ろの「江戸」と合わせたかのようにピッタリです。
9823レ「熱海初日の出1号」  小田原 1995.1.1
EF5861
同じく「熱海初日の出1号」。昇ってきた日差しがロクイチの各部を輝かせます。後方に居た「3号」は既に伊東に向けて発車しています。この日は天気も良く、乗客も素晴らしい初日の出を見られた事と思います。新年恒例のこの列車も1997年より「1号」も電車化されました。
9823レ「熱海初日の出1号」  小田原 1995.1.1
EF5861
熱海到着後、来宮まで回送され機回しをすませ、折り返し「熱海初日の出2号」に備える61号機。その横を「富士」が通過。
9824レ  来宮 1995.1.1
EF5861
元旦の朝陽を浴びて輝く61号機。後ろの「江戸」の青色もまだまだ鮮やかでした。上り方のヘッドマークは鶴を模した物が取り付けられていました。
9824レ  来宮 1995.1.1
EF5861
前回の全検が平成2年(1990年)11月で、この時点で既に4年以上経過していますが、まだまだ綺麗な姿です。
9824レ  来宮 1995.1.1
EF5861
EF58唯一の定期仕業(この当時)、お馴染み回1541レで「サロンエクスプレス東京」を牽く61号機。この頃は61や89がオクシナ回送に充当される機会がまだまだありました。この後、原宿―渋谷で同列車を撮影しようと思いましたが、ここで長居しすぎて撮影地に着いた瞬間に目の前を通過してしまいました。(;_;)
回1541レ  品川 1995.7.22
EF5861
土曜の昼過ぎに閑散とした品川駅臨時ホームでロクイチと戯れるひとときは、今にして思えば最高の贅沢でした。61号機のパンタグラフの碍子に緑色の絶縁樹脂が塗られているのが分かります。背後の横須賀線の113系もすっかり懐かしい存在になりました。今は、品川駅の構内配線変更で品川客車区と品川駅を結ぶ線路も断ち切られ、伝統ある(?)品川〜尾久の回送スジも臨時化されてしまい、徐々に昭和の面影も少なくなっていくのでしょう。
回1541レ  品川 1995.7.22
EF5861
お馴染みロクイチのナンバープレートと製造銘板。この時はL側(山側)の日立の「立」の字の鍋蓋部分は天地逆さになっていました。
回1541レ  品川 1995.7.22
EF5861
SETとロクイチ。SETがゆとりに改造されてからも含めると、この組み合わせはどれぐらいあったんでしょうね。
回1541レ  品川 1995.7.22
EF5861
ロクイチとパックの豪華プッシュプルで江戸を使用した夏の納涼列車。品川―浜松町―磯子―品川と言う経路で「江戸」を牽引しています。品川からロクイチ先頭で浜松町駅に到着した同列車は、今度は折り返しパック先頭で高島貨物線経由で磯子に向かいました。
これは夕闇迫る浜松町駅をぶら下がりで発車するロクイチですが、なかなかうまい構図が無く、端っこにかろうじてロクイチらしき姿が確認できます。(^_^;) ちなみにこの発着線は貨物線を利用して運行されていたカートレイン用のホームです。
浜松町 1995.8.3
EF5861
同じく納涼列車を牽き品川に到着した61号機。この頃は品川駅の国鉄時代とほとんど変化無かったですね。この8番線あたりの様相も、1980年代とほとんど変わってません。バックの東京に向かう湘南色の113系が良いアクセントです。
品川 1995.8.3
EF5861
画角を変えてもう一枚。この頃はロクイチが充当されてもまだ、それほどパニックにはなっていなかったように思います。手前の7番線ホームには、これまたかつての帰省シーズンの風物詩、臨時大垣夜行を待つ人の姿が。
94年に引き続き、この夏も61号機は同運用に頻繁に(確か…)充当されました。
品川 1995.8.3

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