ELECTRIC LOCOMOTIVE EF16  Vol.2
EF16 11, 12

Last Update 2016.10.6

Index EF1611 EF1612

 1次形・福米形(1〜12号機) 続き

奥羽本線・福島〜米沢間用に改造されたEF16一次形の続きです。

奥羽本線からの撤退後もEF15に復元されなかった2両で、回生ブレーキを上越向けに変更、水タンク、補助笛を除去した姿で上越線用のEF16 2次形と共に昭和55年10月のEF16全廃時まで活躍しました。その姿は外観上はEF15に復元された物と同じとなっています。

なお、EF16の種車となったEF15の1次形は、当初標識燈は引っかけ式だったため後に埋め込み式に改造されています。そのため、その取付位置が福米形は寒冷地対策で増設された通風口を避けて標準位置より外側に付いていました。また、引っかけ式標識燈時代に8段ヒダまたは7段ヒダだった通風口は、その後すべて6段に改造されたようです。(「標識燈の埋め込み化に合わせて改造されたのでは」H.Nakanoさん)

これらEF16の形態について詳細は、別項のEF15 1次形形態解説をご覧下さい。

※印…主な特徴です。画像をクリックすると大きなものが表示されます。

 EF16 11〔水上〕 旧EF15 22
EF1611 福米形の生き残り11号機のいかついサイドビュー。同機は屋根上のベンチレータが国電でお馴染みのグローブ式で、側窓の両端(第1・第5側窓)が外側に寄っていました。(エアフィルタ中央部上) また、エアフィルタはEF15第2次形以降と同じ小さいタイプです。1エンド側(こちら側)の前面の通風口は機関士側のみで6段ヒダ、2エンド側は機関士側、機関助手席側の両方が6段ヒダとなっていました。
 
※福米形 グローブベンチレータ 車体断面低 第1・第5側窓外寄り エアフィルタ小 正面扉横手すり 標識燈外寄り 前燈小 正面ナンバープレート位置上寄り
5670レ 石打 1980.8.2
製造:S23.2.10
川崎車輌 No137
EF16改造:S26.11.2
東京芝浦電気
廃車:S56.5

移動:
S23.2.29 高崎第二
S23.6.18 長岡第二
S24.4.22 福島第二
S40.10.2 長岡第二
S55.3.20 水上

記事:
●S26.11.2 東芝:
EF16改造
EF1611 早朝の石打駅構内で発車を待つ11号機とEF651050。いかめしい福米形EF16とすっきりとしたEF65PFの対比が印象的です。EF16の種車のEF15一次形は当初抵抗器室上のベンチレータが未取付で後に増設されています。その際、本機のようにグローブ式を取り付けた物はEF1517,19,20,21,22号機の5両で、17,22号機(本機)を除き昭和23年9月に日立と川崎で整備改造を受けた記録があり、おそらくこの時期に整備改造を受けたEF15に対して試験的にグローブベンチレータの取付が行われたのではないかと思われます。
5670レ EF1611+EF651050  石打 1980.8.2
EF1611 上越国境を行く11号機とEF15。様々な貨車を連ねた長い編成がカーブの先まで続いてるのがいかにも国鉄時代です。
791レ  越後中里―越後湯沢(岩原スキー場前) 1980.8.2
EF1611 同じくEF15191との重連です。本機は標識燈の位置が通風口を避けて外側に付いており、低い車体断面と相まって正面から見ると精悍な面構えでした。ちなみにこちらは2エンド側。なお、長岡(転)区に配置されたEF15,16は正面扉の右側に手すりが増設されています。
791レ  越後中里―越後湯沢(岩原スキー場前) 1980.8.2
EF1611 北陸 深夜の石打駅構内にて、本務機EF5851〔長岡(転)〕と上り寝台特急「北陸」の先頭に立つ11号機。上越線の水上〜石打間と言う限られた舞台で貨物列車の補機を中心に活躍したEF16にとって、この「北陸」や夜行急行の牽引は数少ない晴れ舞台でした。
3002レ「北陸」  石打 1980.8.3
EF1611 北陸 同じ時に撮った別アングル。旧形電機、それも貨物機と旅客機の競演は何とも言えない魅力がありました。大きなPS14パンタが4つ上がった姿も良い感じです。
3002レ「北陸」  石打 1980.8.3
EF1611 北陸 同じく「北陸」の先頭に立つ姿。上り「北陸」は石打の停車時間が10分ほどあり、比較的余裕をもって撮影できました。兄弟機EF58を従えて ブルトレの先頭に立つ姿は実に恰好良かったです。本機が長岡から水上区に正式に移ったのがこの年の3月で運用離脱が10月ですから、本機と「北陸」の組み合わせはそれほど多く無かったかもしれません。
3002レ「北陸」  石打 1980.8.3
EF1611d 下り「鳥海」の先頭に立つ11号機。水上バルブの定番撮影ポイント。
801レ「鳥海」  水上 1980.8.1
EF1611-2end 水上機関区検修庫内で休む11号機。2エンド4位側。このように1エンド、2エンドで通風口の数や段数が異なるのも国鉄電機としては珍しいですね。こんなところが1次形〜3次形くらいのEF15一族の面白いところ。(^^)
水上機関区  1980.5.3
ef1611b 同じく2エンド。3位側。正面寄りに見ると尾燈が外側に寄った顔が独特です。
水上機関区  1980.5.3
EF16 11 長岡時代の11号機が雪を掻き分けて単機で上越国境へ向かう。下の12号機牽引の貨物の少し前に運転されました。送り込み、もしくは除雪後に降り積もった雪をラッセルする為かもしれません。
水上付近  1980.2.17
EF1611 EF64一般形と手を繋ぎ峠越えに挑む。
福米形EF16はかつてEF64の投入により奥羽線を追われ、11、12号機のみ上越用EF16に身を転じました。何の因果か上越路でも再びEF64(実質は1000番台)に追われる形での引退となり、何となく両機の間に宿命めいたものを感じてしまいます。もっとも同じ勾配用機関車なので必然かも知れませんが。
3860レ  石打 1980.8.2
H.Nakanoさん撮影 新潟色70系とEF16
「夏の朝の石打駅です。新潟色の70系は721Mです。16の11号〔長岡(転)〕は補機仕業を終えてこれから単機で長岡に帰るところ。26号(水)は次の仕業まで一休みといったところです。」(H.Nakanoさん)
新潟色の70系とEF16…。う〜ん、渋いです。
撮影:H.Nakanoさん  石打 1976.8.16
ohno-ef1611 山間に響くEF16とEF15のモーター音が今にも聞こえてきそうです。
「水上―石打間には結局6度しか行きませんでした。心残りは24号機をまともに撮れなかったことです。あんなに早く落ちるとは思わなかったですね。」(ohnoさん)
撮影:ohnoさん  湯桧曽―水上  1977.7.8
H-yamaguchi-ef1611 低い車体断面と外寄りの尾燈の為、正面から見ると実際以上に平べったく見えます。
撮影:山口裕志さん  水上付近  1980.8.20
奥羽線時代の11号機が牽く客車列車。荷物車の次位に1・2等合造車(スロハ32)を連結した長距離普通列車。当時の時刻表を見ると、秋田〜福島間をはじめ大館〜福島など10時間以上走る普通が何本も設定されています。右手に見える住宅は駅職員の官舎でしょうか。

撮影:仙山仙石さん  上り普通  赤岩 1962.7.15
同じ写真の機関車部分です。屋根上の電気笛、水タンクがいかめしいですね原形の前面窓はHゴム改造後と比べて随分小さく見えますが、その為か晩年とは表情が少々異なります。EF16 Vol.1でも触れましたが、デッキ先端上部に置かれた箱状の物の用途、目的は不明です。
撮影:仙山仙石さん  上り普通  赤岩 1962.7.15
上の写真と同日ですが別列車。松川橋梁を行く堂々の7連です。編成の3両目にスハニ32が連結されており、前2両は回送かも知れません。(数名の人影が見えますが、スハニ以降はもっと混んでいる)
撮影:仙山仙石さん  上り普通  赤岩―庭坂 1962.7.15
機関車部のアップです。水タンクなど、屋根上の様子が分かるカットです。
撮影:仙山仙石さん  上り普通  赤岩―庭坂 1962.7.15
k53taka-EF1611 福島第二から長岡第二に転属間もない姿。既に屋根上の水タンクは撤去されていますが機関士側屋根上の電気笛はそのままで、助士席側屋根上に空気笛が設置されています。福米EF16では水タンクと電気笛の撤去は同時にされたと思っていたのでこの写真を拝見して少々驚きました。ちなみに前面窓も原形で、デッキ左側面に後に台座のみ残ったジャンパ連結器の姿も確認できます。また、福米時代、冬季、前面窓に取り付けられていたつららによる破損防止プロテクターの取付跡も機関士側、助士側窓の両脇に見られます。雪かき器が外されていますが、雪かき器と主台車枠を結ぶ取付腕がそのままです。
撮影:k53takaさん(新潟の蒸気機関車)   新潟操車場 1967.10.10
 EF16 12〔水上〕 旧EF15 23
EF16 12 早朝の石打駅構内で出発を待つ12号機+EF64一般形牽引の上り貨物列車。水上区のEF15とEF16はこの年の10月に新たに上越線用に設計されたEF64 1000番台に順次置き換えられ、EF16とEF64(0番台)の組み合わせは短い期間だったと思います。  
上の11号機とほぼ同じ形態ですが屋根上のベンチレータや通風口の形状と数、側窓の位置など細かいところは異なります。

※福米形 車体断面低 蓋付き通風口 第1・第5側窓中央寄り エアフィルタ小 正面扉横手すり 前燈取付位置原形 前燈小 標識燈外寄り 正面ナンバープレート位置上寄り
3662レ EF1612+EF6438  石打 1980.8.2
製造:S23.5.12
川崎車輌 No.138
EF16改造:S26.8.27
東京芝浦電気
廃車:S55.12.5

移動:
S23.5.18 国府津
S24.1.27 高崎第二
S24.3.22 福島第二
S40.9.26 長岡第二
S55.3.20 水上
S55.12.5 廃車

記事:
●S26.8.27 東芝:
EF16改造
EF16 12 同じく3662レの先頭に立つEF1612とEF6438をサイドから。EF16は基本的に水上方が1エンドになります。
考えてみればEF64 0番台は元々奥羽線EF16の置き換え用として登場した経緯があり、福米形EF16との出会いは、かつての先輩後輩の10数年ぶりの再会と言えましょうか…。
3662レ EF1612+EF6438  石打 1980.8.2
ef1612q 同じ列車をネガカラーで撮影したものです。まだ夜が明けきらぬ石打駅構内に2両の山男の息吹が響きます。 ネガの変色が激しいですが、これでもかなり修正して何とか見られる様にしてあります。(^_^;) 実はこの撮影時に間違ってカメラの裏蓋を開けてしまって光が被ってる状態でした。解像度には難がありますが、カラーでしか伝わらない空気を感じられれば幸いです。
3662レ  EF1612+EF6438  石打 1980.8.2
EF16 12 水上に正式に転属前の長岡時代の12号機。記憶ではこの時水上区に貸出になっていたはずですが、区名札は長岡になっています。
写真は水上機関区を出区し補機仕業に向かう姿です。本線脇の引き上げ線に突っ込んで一旦停止、誘導掛が手動でポイントを切り替えた後、すぐさま折り返し誘導に従ってバックで下り列車の待つ本線へ向かいます。EF16の撮影に行かれた方にとってはお馴染みのシーンですね。
水上付近  1980.2.17
EF16 12 MT41の軽い唸りを残して去り行く12号機。右手奥に雪に埋もれた水上機関区の姿が見えます。下の山口さんの写真とほぼ同じ地点、シーンですが、降り積もった雪でまるで別世界です。この後、下の写真の列車の補機仕業となります。
水上付近  1980.2.17
EF16 12 降り積もった雪をかき分けながら、水上を発車するEF1612とEF15128。
EF1612号機は昭和24年に高崎第二区へ配属されて以来、その生涯は勾配と雪との闘いでした。80-200mmズームレンズでズームをしながらワインダーでタイミングを見ながら連写しました。ここからちょっと連続写真風に同機の力走をご覧ください。 (笑)
水上付近 1980.2.17
EF16 12 徐々に加速しながらカーブを駆け抜けます。
水上付近 1980.2.17
EF16 12 屋根に降り積もった雪を振りまきながら一気に加速。待ち構える雪と勾配に立ち向かいます。
水上付近 1980.2.17
EF16 12 この日は前夜からの大雪でダイヤが大幅に乱れており、私が撮影できた重連貨物はこの1本だけでした。次位のEF15は雪煙で隠れてしまってせっかくの重連が良く分かりませんね。
水上付近 1980.2.17
EF16 12 水上発車時の写真では屋根上を見下ろすぐらいの高さだった列車が、随分と高い位置に登って来ているのが分かります。
水上付近 1980.2.17
EF16 12 2014年最初のトップページを飾ったカット。
水上付近 1980.2.17
EF16 12 雪煙をあげて目前を通過していく古豪たち。尚、この時点では同機はまだ長岡運転所配置で水上区には貸出扱いとなっていました。次位は同じ長岡区のEF15128です。

水上付近 1980.2.17
EF1612 当ページの初代看板写真です。高崎のゴハチと組んで、急行「石打スキー2号」を牽き堂々昼の上越国境を行く12号機。当時既に昼行客車列車の無かった上越線では、臨時の客レはEF16が昼間客レの先頭に立つ数少ない機会でした。ただし、12系で11両以上(確か…)にならないと補機は付かず、14系ではまず付きませんでした。
8702レ「石打スキー2号」  湯檜曽―水上 1980.2.17
EF1612 この場所は人が多くて入るところが無く仕方なく撮影した場所でしたが、春、雪が無くなってから来てみるとこの位置は足場が無いところでした。(こわ〜)
8702レ「石打スキー2号」  湯檜曽―水上 1980.2.17
EF1612 EF1628 上の写真の8702レを牽引後、水上区に引き上げて小休止中の同機。隣は側窓変形の28号機で現在もEF16縁の地である水上町にて保存されています。
水上機関区 1980.2.17
EF1612 同じく水上区で小休止中の12号機。それまでの吹雪が嘘のように時折晴れ間も覗きました。山の天気は本当に変わりやすく、この写真からも峠の方はまだ吹雪なのが分かります。この12号機は11号機と同じく川崎製EF15を改造した福米形ですが、通風口の形状が異なっています。本機には前面機関士側と側面機関士側、機関助手側の計6カ所に蓋付きの通風口が取り付けられています。こちらは第1エンド側。
水上機関区 1980.2.17
EF1612 同じ日に白黒で撮影した物。後方に雪煙が流れていますが、ロータリー除雪車の排雪でしょうか。この日、DE15のラッセルも走っていましたが、今にして思えばそれらも撮影しておけば良かったな…と思います。しかし、この時の自分にはとにかくEF16の姿しか目に入ってなかったのでした。(^_^;)
水上機関区 1980.2.17
ef1612m パンタが降りてるのが難ですが、同機をじっくりと観察。EF16の場合、上り方は全て1エンドになります。
水上機関区 1980.2.17
EF1612 前頭部 同じく1エンド前面を1位側サイドから。正面窓、正面扉、前燈に付けられたつらら切りと先端が尖った汽笛カバーが福米形EF16のプロフィールを形作っています。全てが尖がっていていかにも雪に立ち向かう為の攻撃的な姿が逞しいです。こうして見ると前燈上のつらら切りもかなり飛び出ていることが分かります。
水上機関区 1980.2.17
ef1612l2 1エンド2位側。ナンバープレート下に増設された福米タイプの通風口は昭和23年12月〜昭和24年2月にかけて寒冷地対策を施されたEF15に対して取り付けられたものと思われます。

水上機関区 1980.2.17
ef1612o 反対側に回って今度は2エンド3位側です。同機は昭和23年製なので、外板の仕上げは比較的良かったはずですが、良く見るとぼこぼこの外板、歪んだ車体各部のパーツなど、長年風雪に耐えてきた事が感じられます。
水上機関区 1980.2.17
ef1612+28e 僚友。28号機と共に。
水上機関区 1980.2.17
ef1612p EF15一次形の標識燈は製造当初引っ掛け式でしたが昭和30年代に全て埋込式に改造されています。福米形EF16の標識燈は通風口を避けてやや外側に取り付けられています。距離で言えばほんの数センチだと思いますが、普通のEF15に比べ顔つきが随分と精悍に見えます。
水上機関区 1980.2.17
EF1629 EF1628 EF1612 昼時の水上機関区に集うEF16。左から29、28、12号機。 夜間の慌ただしさに比べ、昼間の水上機関区は補機の出入りも少なく、どことなくのんびりとした雰囲気でした。
水上機関区 1980.5.3
EF1628 三菱製28号機と並ぶ川崎製の12号機。偶然にもこの年の2月に撮ったのと同じ並びに…。 どちらも種車はEF15一次形の車体が低いタイプですが、三菱製(28号機)と川崎製(12号機)で前面の屋根カーブの具合や昇降段、デッキ形状などの差異があります。ゴハチでもそうですが川崎製は車体が丸っこい印象です。
水上機関区 1980.5.3
EF1612 EF1628 前面扉や前燈のつらら切り、大形の汽笛カバーなど福米形EF16と上越形EF16とでは印象が随分異なります。やはり福米形は精悍です。
水上機関区 1980.5.3
EF1612 福米形EF16の迫力あるプロフィール。ちなみにこちらは2エンド側です。本機の最終全検は昭和53年(1978年)12月です。
水上機関区 1980.5.3
EF1612 逆光ですがかえってしわしわの外板や足回りが引き立ちます。この1エンド側デッキステップ手すりのR側(向かって左側)は奥の手すりがなぜか日立の1次形タイプと同じタイプになっており、手すりが平行になってません。同様に日立製1次形の3号機の同部分が川崎タイプとなっており、両機のこの部分が入れ替わっているものと思われます。
水上機関区 1980.5.3
EF1612 春の柔らかな日差しを浴びて気持ちよさそうに一休み。ワイパーは機関士側はWP50に助士側はWP35に交換されています。
水上機関区 1980.5.3
EF1612 EF15 お馴染みの石打バルブです。本務機のEF15184は昭和33年製のEF15最終増備グループで12号機は元を辿れば昭和23年製のEF15 1次形です。人間で言えば長男と末弟の組み合わせと言ったところですね。
750レ  EF1612+EF15184  石打 1980.8.3
EF1612 EF15 同じく12号機とEF15184の重連です。一晩ここに居れば夜行の客車群も併せてたくさん撮影できました。深夜の山間にこだまする本務機と補機のホイッスルとモーターの唸りが今でも耳に残っています。この日はこの後吾妻線でEF12の臨客があり、ほとんど丸2日徹夜状態でそちらへ行ってます。今思えば良くやってたもんです。
750レ  EF1612+EF15184  石打 1980.8.3
800802-ef1612-a2 峠を一気に駆け下り、黎明の石打駅構内へ滑り込むEF1612とEF64一般形。
781レ?  石打 1980.8.2
800503-ef1612 春の柔らかな日射しの中、水上を目指す。上越線でのEF65PFの活躍はEF641000の登場で無くなったように思います。
EF1612+EF651042  湯桧曽―水上 1980.5.3
ef5853-EF1612 こちらはEF5853さん撮影の「天の川」の先頭に立つEF1612+EF58174〔高二〕です。後ろに続く20系も懐かしい…。
「おなじみの場所ですね。露出が足りてませんが、出発してしまったもので・・・(2分以上は必要)」(EF5853さん)
撮影:EF5853さん  802レ「天の川」  石打 1980.8.27
H-yamaguchi-ef1612 仕業を終えて水上区に引き上げる12号機。やや上からのアングルによって車体とデッキを結ぶ渡り板(?)の両サイドに耳が付いた独特の形状が分かります。この形は本機以外ではEF16の11、20、21、25号機、EF15の2〜8号機で見られますが、EF1611の昔の写真では確認できないので後年の改造と思われます。
EF15の渡り板の下にはデッキ上面に開口部があり、そこから先台車の釣り合い梁が上面に露出しています。通常、開口部は渡り板で塞がれていますが、塞ぎきれないデッキの開口部をこの耳で補ったのではないかと思います。
撮影:山口裕志さん  水上付近  1980.8.21
k53taka-EF1612 奥羽本線から上越線に転属間もない姿です。上の11号機と同様、屋根上の水タンクは撤去されながらも電気笛がそのままです。福島から転属後どれぐらいの間この姿だったのか、個人的には興味深いところです。 この段階では前面窓はまだ原形です。雪かき器が外されていますが、雪かき器と主台車枠を結ぶ取付腕はそのままです。
撮影:k53takaさん(新潟の蒸気機関車)   新津 1968.8.15
k53taka-EF1612 上の写真から8か月後の姿。電気笛はそのままですが前面窓がHゴム支持化されています。 ちなみにこの電気笛、形態はEF81やEF641000に搭載されたタイフォンに似ていますが、それらは電車のタイフォンと同じ「プァーン」と鳴るのに対してEF16のそれは鉄道ファン誌1977年9月号の日高冬比古氏の記述によると「ブーとはなはだ趣のない音」とあります。実際どんな音だったのか聞いてみたかったです。
撮影:k53takaさん(新潟の蒸気機関車)   新津 1969.4.29
 

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