ELECTRIC LOCOMOTIVE EF15  Vol.1
EF15 1〜8

Last Update 2016.11.3

このページではEF15形各機の紹介をしたいと思います。データで不明な点も多々ありますが、手元に資料がないのと元来いい加減な性格故、残っていないものが大多数。どうかお許しください…。もし、間違いなどを見つけましたら、ご連絡下さい。また、各次形は製造年度から便宜的に分類した物ですので、正式な物ではありません。御了承下さい。(国鉄発注同一ロット内においては、同一メーカー内で落成順にナンバーを付番する事を念頭に置きましたが、一部敢えて無視した部分もあります。)

※参考文献

  • 交友社刊「鉄道ファン」1975年12月号・1977年9月号
  • 交友社刊「電気機関車展望1」
  • 交友社刊「100年の国鉄車両1」
  • 鉄道図書刊行会刊「日本電気機関車集成 下」(6348レ様、ご協力感謝致します。)
  • 誠文堂新光社刊「新版 電気機関車ガイドブック直流機編」
  • 誠文堂新光社刊「新版 電気機関車ガイドブック直流機・交流機 補講」
  • 誠文堂新光社刊「電気機関車ガイドブック」
  • 誠文堂新光社刊「機関車ガイドブック」
  • プレスアイゼンバーン「電気機関車 Vol.2」(T.F様、ご協力感謝致します。)
  • プレスアイゼンバーン「視録 国鉄電気機関車1」
  • プレスアイゼンバーン「上越線を行く列車」
  • プレスアイゼンバーン「トレイン増刊・レイル」1983 Spring
  • 交友社刊「EF58ものがたり 下」
  • 鉄道図書刊行会刊「お召列車百年」
  • SHIN企画刊「資料 旧型電機の下まわり」
  • データ協力:いっちゃんさん(いっちゃん's ほぅむぺぃぢ

※印…主な特徴です。画像をクリックすると大きなものが表示されます。
注:履歴の記事中の各項目は工場出場日。そのためEF16改造日とずれているものがあります。

Index EF15 1 EF15 2 EF15 3 EF15 4 EF15 5 EF15 6 EF15 7 EF15 8

 第1次形(1〜8,16〜33号機) その1
 
*16〜19、22〜28、31〜33号機はEF16形 *9〜11号機は2次形、12〜15号機は3次形
 
兄弟機EF58より半年ほど遅れて、昭和22年5月〜23年3月に登場した第1次グループ。登場時は旧EF58と同じく側窓は4枚又は5枚、パンタグラフは電車用のPS13、モニタールーフ無し、抵抗器室通風口無し、つらら切りも一部が未取付、電機部品も代用品を多用、高速度遮断機も無いと言う準戦時形として落成しています。また、車体の断面形状が標準形と異なり、製造初期は車体高さが3560mmと標準形より30mm高くなっていました。その後昭和22年7月〜10月落成分からパンタグラフの作用高さを下げるために車体台枠を100mm削って車体高さ3460mmになっています。また、砂箱の数も標準では動輪に対して2個取付なのに対して1個、避雷器はLA12を2エンド機関士側屋根上に1基(後に1エンド側にも増設、最終的にはLA15・2基に統一、但しその取付位置は各機バラバラ)、正面扉横の昇降梯子も4段で後の標準タイプの5段の物とは取付位置も異なり、機関助士側の側窓が機関士側よりも小さく一枚窓(EF57などと同じタイプ)、初期車はエアフィルタが標準形より大きいなど様々な特徴があげられます。

生まれながらにして満身創痍の状態だった1次形ですが、昭和23年から24年にかけて83項目にも及ぶ装備改造が行われ、高速度遮断機の取り付けに始まり、前面つらら切り取り付け、側窓の引き戸化(昭和23年製の一部は最初から引き戸)と中央窓の増設(一部漏れあり・昭和23年製の一部は最初から増設)、抵抗器室通風口(屋上ベンチレータ)取り付け(昭和23年製の一部は最初から取り付け)、パンタグラフのPS14取り替えなどによってたくましい姿に生まれ変わっています。なお、登場時の先輪はプレート式、ワイパーも手動式で標識燈は引っ掛け式でした。これらも順次標準タイプに交換されており、引っ掛け式標識燈は昭和31年〜42年に掛けて全機埋込式へ改造されています。

1次形内でも細部の形態は様々で、側窓の両端の窓(第1・第5(第4)側窓)の位置が端に寄った物、中央よりの物など数タイプ存在しています。(固定窓の引き戸改造時に移設された為と思われます。)落成当初引っ掛け式だった標識燈は後に埋込改造されていますが、福米形はこれも後付けされた前面通風口を避けて、標準位置より外寄りに取り付けられています。また、枕梁の端面形状がEF58同様4次形以降では日立製以外は逆台形なのに対し、全機が日立製と同じ長方形で、デッキ形状も各メーカー毎に形態が異なっていました。
 これらの詳細は複雑かつ変化に富んでおり、1次形形態解説として別項にまとめました。(EF15 1次形形態)なお、本来日立製の9〜15号機もこのロットでの発注と思われますが、ドッジラインによる製造凍結で第2次以降にナンバーがずれ込んでいます。

この中から耐寒耐雪装備と勾配用に撒水装置を取り付けて奥羽線・福島―米沢間に使用されていた1〜8、20〜23号機が、昭和26年〜27年に本格的な勾配対策で電力回生ブレーキを取り付けEF16に改造されました。その後、上越線を中心に使用されていた16〜19、24〜33号機も29、30号機を除いて昭和30〜33年にかけ、水上―石打間の勾配用としてEF16に改造されました。

その後、昭和42年〜43年にかけて奥羽線の1〜8、20、21は元のEF15に復元されました。なお、奥羽線用の1次形は砂箱の数が増設されており、EF15に復元された後もそのままとなっています。また、奥羽線に配属された物には御召し列車(御乗用列車)牽引の栄誉に輝いた物(EF166・EF154)も存在します。 
 日立製(1〜8号機)
 
日立製1次形は全機が低い車体断面を持ち、デッキ変形機の1号機を別として、正面から見ると四角っぽいデッキ手すりなどから全体に華奢なイメージです。(1次形日立デッキ)また、全機、福島第二機関区に配置されEF16(福米タイプ)に改造されており、正面扉上つらら切り、前燈つらら切りなど、EF15に復元された後もその面影を偲ばせます。エアフィルタは1〜3号機が大きなタイプ。それ以降は小さなタイプになっています。

1次形はEF13(旧EF58)同様、側面の運転席側窓の水切りが短く、窓の下辺まで達していませんでしたが、かなり早い時期(EF16改造前)に延長されています。よく見ると水切り角度に段差がある事が確認できます。なお、2号機1エンドデッキが1次形川崎タイプ、6号機両エンドデッキが1次形三菱タイプとなっていますが、2号機1エンド台車に初期の川崎製のみに見られる小さな砂箱が付いている事から2号機は21号機(川崎)の同部分、6号機は27号機(三菱)の両台車と入れ替わっている物と思われます。

前燈の取付台座は1,2,3,5,8号機が落成当初から大形のLP402を装備した物と同じ標準的なステー式、4,6,7号機が原形のLP42用となっています。 なお、本ロットの全機の正面ナンバープレートの取付位置が左に寄っていますが、これはこの後に製造された全ての日立機(切り抜きナンバー機も含め)の傾向で、日立製の特色の一つと言えると思います。
 EF15 1〔長岡(転)〕 EF15 1→EF16 1→EF15 1
nakano-EF151 日立製EF15の最初の落成機となったトップナンバー。この1号機〜8号機、20〜23号機が福米形EF16に改造されましたが、その後昭和40年頃から奥羽線にEF64が投入されると長岡へ転属。22・23号機を除いてEF15に復元されています。とは言え、回生ブレーキと屋根上の水タンク、増設された電機笛の取り外し以外は正面扉上のつらら切りなど特徴ある福米EF16の外観は残されています。
 
この写真は2エンド側です。前面の通風口は最終的に1エンドが機関士側に6段、2エンドが機関士側、機関助士側に6段となっています。これは寒冷地対策を施された時に正面扉窓の固定化と共に設けられた物で、取付当初は8段ヒダだったはずですが、標識燈の埋込改造時に6段ヒダに再改造されたものと思われます。また、本機はデッキの変形機で、ステップ部分が前位に寄った特殊な形態です。(Nakanoさん曰く、旧EF58の物の改造ではないか…)EF15に復元後、昭和48年の全検出場まではデッキのステップが旧EF58登場時と同じ4段だったようなので、その可能性は高いかも知れません。
撮影:H.Nakanoさん  新前橋 1976.12.27 
製造:S22.7.31
日立製作所 No.4612
使用開始:S22.8.27
EF16改造:S27.1.24
東京芝浦電気
復元:S42.9.20 大宮工場
廃車:S54.7.6

移動:
S22.8.15 水上
S22.9.3  長岡第二
S24.4.6  福島第二
S40.9.24 長岡第二
S53.10.3 1休指定
S54.6.29 2休指定
S54.7.6  廃車
最終走行:
S53.10 2,468,781km

記事:
●S24.1.18〜3.11 日立:
整備改造1・パンタグラフPS14取替・寒冷地対策・砂箱増設・汽笛増設
●S25.3.29〜4.4 大宮臨修:レール撒水装置取付
●S26.12.4〜27.1.24 東芝:EF16改造
●S34.1.7〜1.20 大宮甲修:前燈整備・デフロスター取付・主電動機MT41→MT42に取替
●S42.8.10〜9.20 大宮甲修:EF15改造・屋根水槽取外
●S48.6.5〜6.18 大宮全検:昇降段改造
ohno-ef151 こちらも同じく2エンド側です。1次形独特のモニタルーフの無い屋根上の形態が良く分かります。つらら切りは標準の小形の物と比べてさらに小さな形状です。1次形は落成当初つらら切りが無く後から付けた物や角張ったタイプを付けた物があり、バラエティに富んでいます。エアフィルタは大きなタイプ、第1・第5側窓は中央寄りです。標識燈は通風口を避けて標準機より若干外寄りに付いています。その為福米形EF15は皆、精悍な顔つきです。
 
※福米形 車体断面低 変形デッキ エアフィルタ大 第1・第5側窓内寄り 正面扉横手すり 標識燈外寄り 前燈小 正面ナンバープレートやや左寄り
撮影:ohnoさん  倉賀野―高崎  1977.10.30
ohno-ef151b こちらは1エンド側です。機関士側(向かって右側)のみ通風口が確認できます。なお、日立製初期車(1次〜3次形)は正面ナンバープレート取付位置が標準位置と比べて左寄りかつ下側に取り付けらて落成しています。(日立製は全機総じてこの傾向があり)但しEF16から復元されたものについては取付位置が変更されたものが存在します。本機はやや左に寄って取り付けられています。ワイパーは機関士側WP50、助士側がKW3D。
撮影:ohnoさん  高崎―倉賀野  1977.10.30
ohno-ef151c 長岡運転所で休車中の1号機の2エンド側です。既にナンバープレートが外されていますが、デッキと前端バリとの結合部分やステップから前端バリへ伸びたステーの形状、独特の手すり形状など特徴ある変形デッキの様子が良く分かります。
撮影:ohnoさん  長岡運転所  1979.2.19
ohno-ef151d 同じく休車中の1号機の1エンド側です。先輪上の担いバネ補助コイル位置からデッキステップが前位側になっているのが確認できます。
撮影:ohnoさん  長岡運転所  1979.2.19
sasaki-ef151a 現役時代の同機2エンドです。いかつい車体に比べ小振りなナンバープレートが随分と貧弱に見えます。デッキステップは前述の通り当初4段だったものがEF15復元後に3段に改造されています。4段時代と比較して、ステップ部分の長さはそのまま踏み段の段数のみ変更されています。
撮影:佐々木さん  新津  1977年?
sasaki-ef151b 同じく佐々木さん撮影の2エンド側です。全検後間もない時期の撮影でしょうか。ピカピカの車体が眩しいです。
撮影:佐々木さん   2460レ 柏崎 1977.7.3
sasaki-ef151c こちらは1エンド側。こちらのエンドの前面通風口は機関士側のみとなっています。運転席側窓の水切りは製造当初窓の下辺まで達しておらず、後に延長されています。水切りの途中から垂直になった部分が延長部。
撮影:佐々木さん   2460レ 柏崎 1977.7.3
sasaki-ef151f こちらも1エンド側です。前面通風口は先にも述べたとおり奥羽線配属に伴う寒冷地対策時に取り付けられましたが、その際、ヒダ式通風口を取り付けられた機は、どれも1エンドは機関士側、2エンドは機関士側・機関助士側となっています。両エンドでなぜ取付数に差があるのか、1次形から2次形の一部のEF15の謎です。
撮影:佐々木さん   新津 1977年?
sasaki-ef151e こちらは2エンド側です。通風口は機関士側・機関助士側6段ヒダとなっています。
撮影:佐々木さん   新津 1977年?
k53taka-EF151 k53takaさん撮影の、デッキステップが4段の貴重な姿です。EF15に復元されてほぼ2年後で蒸気機関車がブームになり始めた頃でしょうか。旧形電機としても新しく両数も多いEF15はその頃ファンからほとんど意識されていなかったのでしょう。当時の記録で公開されているものは非常に珍しいと言えます。 夏季なので不要な雪かき器が外されていますが、雪かき器と主台車枠を結ぶ取付腕はそのままです。
撮影:k53takaさん(新潟の蒸気機関車)   新津 1969.8.10
 EF15 2〔長岡(転)〕 EF15 2→EF16 2→EF15 2
ef5853-EF152 日立製1次形としては標準的な形態となった2号機。落成当初はつらら切りも無く側窓4枚でPS13パンタの貧相な姿でした。ちなみに日立製1次形は全て車体断面が低くなっています。
1エンド側は通風口が機関士側に6段ヒダの物となっています。エアフィルタは大きなタイプ、第1・第5側窓はエアフィルタの真ん中ぐらいの位置です。つらら切りは1号機と同じ小形で奥行きの浅い物です。
 
本機の1エンド側デッキは日立製ながら1次形川崎タイプになっています。同様に川崎製の21号機は1エンド側が日立タイプとなっています。新製直後の2号機の写真では両エンドとも日立製デッキですが、EF16時代(昭和37年)に撮られた姿は既に1エンドが川崎製デッキになっており、2号機と21号機が共に福島第二機関区に在籍した期間に何らかの理由で両機の1エンド側の台車がそっくり入れ替わった可能性が高いと思われます。デッキだけでは無い根拠として本機の1エンド側前端梁のブレーキ管の取り回しは川崎独自の形で、1エンド台車の砂箱も川崎独自の物が付いています。なお、1次形デッキ形態の詳細についてはこちらへ。
 
「パンタがあがってないのが残念ですが、この時既に1休だったような気が・・。隣は63号機で、ずっと向こうには15がぞろぞろといますが、実はこの時クラの中にはEF6474[長岡]が待機していました。」(EF5853さん)
撮影:EF5853さん  長岡運転所 1979.8.11
製造:S22.9.1
日立製作所 No.4613
使用開始:S22.9.1
EF16改造:S27.3.10*
東京芝浦電気
復元:S42.10.5 大宮工場
廃車:S55.2.2

移動:
S22.9.6  高崎第二
S24.4.20 福島第二
S40.10.3 長岡第二
S54.9.21 1休指定
S55.2.2  工車1126号により廃車
最終走行:
S54.9 2,500,833km

記事:
●S23.4.9〜6.30 日立:
整備改造・寒冷地対策・砂箱増設・汽笛増設
●S25.7.8〜7.17 大宮丙修:レール撒水装置取付
●S27.3.11* 東芝:EF16改造
●S30.2.19〜2.26:避雷器箱鉄製に取替
●S34.2.5〜2.21 大宮甲修:ブレーキ装置EL6A→EL14ASに改造・前燈整備・デフロスター取付
●S35.10.26〜12.10 大宮臨修:標識燈埋込改造
●S42.8.28〜10.5 大宮全検:EF15改造・水槽取外
●S49.2.5〜2.14 大宮全検:昇降段改造・先輪軸受コロ式に改造

*履歴上はS27.3.11
satomi-EF152 こちらは同機の2エンド側でちゃんと日立の1次形デッキとなっています。リンクでお世話になっています「北総レール倶楽部」の里見さんにご許可を頂き、氏のHPに掲載された画像より転載させていただきました。デッキのステップ部分の手すりの取り付け角度が両エンドで明らかに異なるのお分かり頂けると思います。また、砂箱の形状も手前の2エンドは同じ形状ですが、1エンド側は3つ小さい物になっています。
 
※福米形 車体断面低 エアフィルタ大 第1・第5側窓外寄り 正面扉横手すり 1エンド側川崎タイプデッキ・2エンド側日立タイプデッキ 標識燈外寄り 前燈小 正面ナンバープレート左寄り
撮影:里見純一さん北総レール倶楽部  長岡運転所 1977.8
sasaki-ef152 信越線を力走する2号機。雑多な貨車で組成された編成が魅力的です。この時点ではワイパーは機関士側・助士側共にKW3Dのままとなっています。
撮影:佐々木さん    越後石山付近 1977.5
sasaki-ef152b 長岡運転所に憩う2号機。こちらは1エンド側です。1エンド側台車の砂箱のみ大小二種類ありますが、それは川崎製一次形の特徴です。(川崎製一次形は元の砂箱サイズが小さく、増設時に大きなサイズの物が付けられた為)そこからも本機と21号機の1エンド台車がそっくり入れ替わっている証と言えましょう。
撮影:佐々木さん   長岡運転所 1978年?
sasaki-ef152b こちらは2エンド側です。この2エンド側の通風口は機関士側・機関助士側6段ヒダとなっていますが、引っ掛け式標識燈時代は左右とも8段ヒダでした。おそらく1エンド側も機関士側8段ヒダだったと思われますが、標識燈埋込に際し6段に改造されたものと思われます。また、標識燈も通風口を避けて外寄りに取り付けられています。なお、同機の正面ナンバープレート取付位置は日立製初期車では標準笛な左寄りです。
撮影:佐々木さん   長岡運転所 1978年?
mt40-ef152a MT40さん撮影の全検終了後、回送を待つ2号機のピカピカの姿です。こちらは1エンド側。前面通風口は1号機の紹介でも述べたとおり、奥羽線配属に伴う寒冷地対策時に取り付けられました。その際、本機をはじめヒダ式通風口が取り付けられた物は、どれも1エンドは機関士側、2エンドは機関士側・機関助士側となっています。
撮影:MT40さん   大宮機関区 1977〜1978年
mt40-ef152b 同じく全検終了後のピカピカの姿。こちらは2エンド側。 前面通風口が機関士側、助士側両方に付いています。
撮影:MT40さん   大宮機関区 1977〜1978年
mt40-ef152c 珍しい、一次形EF15の運転室内。様々な機器やメーター類が煩雑に並ぶ姿は、蒸機のキャブに近い印象です。
撮影:MT40さん   大宮機関区 1977〜1978年
mt40-ef152h 複雑な足周りと、味も素っ気もない箱形車体の組み合わせ。戦後間もなく、実用一点張りで作られた初期EF15らしいスタイル。
撮影:MT40さん   大宮機関区 1977〜1978年
mt40-ef152i 2エンド正面です。 車輪内部に納まった前端バリと、 先輪と第1動輪を斜めに結ぶ担いバネがEF15最大の特徴。
撮影:MT40さん   大宮機関区 1977〜1978年
 EF15 3〔長岡(転)〕 EF15 3→EF16 3→EF15 3
nakano-ef153 「日立製の福米通風口つきの15のなかにあって唯一汽笛カバーを残していた3号機。ライトは大形、ステーに乗って飛び出しているタイプ。デッキは日立製若番15に用いられたタイプ。雨に濡れてきれいに見えますが長岡の福米の中では一番汚くよれよれな印象がありちょっと気の毒な感じもしました。」(Nakanoさん)

これは同機の1エンド側です。通風口は蓋付きの物が正面機関士側と運転席両側面の計6カ所に付いた福米タイプです。このタイプは昭和23年12月〜昭和24年2月にかけて寒冷地対策を施されたものに対して取り付けられたようです。エアフィルタは初期の大きなタイプ、第1・第5側窓は中央寄りです。つらら切りはやはり小形です。正面ナンバープレート取付位置は2号機同様左に寄っています。また、標識燈は福米タイプ通風口を避けてやや外側に付いています。

履歴上で注目すべきは昭和33年の自動窓拭器取付の項目でしょうか。これは1次・2次形では製造当初、窓の下辺隅に手動式ワイパーを取り付けていましたが、それを撤去し(一部例外あり)窓上辺に空気作用式ワイパーを取り付けたものです。
撮影:H.Nakanoさん  石打 1976.8.16 
製造:S22.9.15
日立製作所 No.4614
使用開始:S22.10.3
EF16改造:S27.3.29
東京芝浦電気
復元:S42.7.18 大宮工場
廃車:S54.3.18

移動:
S22.9.25 長岡第二
S24.3.18 福島第二
S40.8.22 長岡第二
S53.10.2 1休指定
S53.11.1 2休指定
S54.3.18 廃車
最終走行:
S53.9 2,491,153km

記事:
●S23.10.28〜24.1.14 日立:
整備改造・パンタグラフPS14に取替・寒冷地対策・砂箱増設
●S25.3.12〜3.19 大宮:レール撒水装置取付
●S27.3.29 東芝:EF16改造
●S29.7.27〜8.3 大宮甲修:レール撒水装置改造・避雷器箱鉄製に取替
●S33.6.28〜7.8 大宮甲修:自動窓拭器取付・デフロスター取付
●S36.3.1〜4.12 大宮臨修:ブレーキ装置EL6A→EL14ASに改造・前燈整備
●S46.10.4〜10.6 長野臨検:電気式速度計取付
●S47.12.28〜48.1.13 大宮全検:避雷器LA15に取替・昇降段改造
sasaki-ef153 同じく1エンドですがこちらはR側です。こちら側のデッキステップ手すりの角度が前位と後位で異なっているのがお分かり頂けると思いますが、これはデッキステップ手すりの後位側が川崎1次形デッキと同一タイプになっているからと思われます。川崎製の23号機(EF1612)の同部分が日立1次形タイプとなっていることから、おそらく両機のこの部分が入れ替わっているものと思われます。
 
※福米形 車体断面低 福米形通風口 エアフィルタ大 第1・第5側窓内寄り 正面扉横手すり 前燈大 標識燈外寄り 正面ナンバープレート左寄り
撮影:佐々木さん    長岡 1977.3.1
k53taka-EF153 1960年代終わりの姿。側面に組合のスローガンが書かれた跡が時代を感じさせます。
前面窓はHゴム化されていますがワイパーは機関士側、助士側共にKW3Dです。興味深いのは屋根上の汽笛の設置位置。何と通常は正面向かって右側に付いている物が左側に付いています。福米EF16は電気笛を増設していましたが、その際元の空気笛を機関助士側に、電気笛を機関士側に設置していました。

EF15復元に際し屋根上の水タンクの撤去と同時にそれらも元の状態に戻されたと思っていたのですが、この写真のとおり電気笛を撤去しただけの状態もあった事が分かります。過渡的な姿とは思いますが、こんな形態の時期もあったんですね。つくづくEF15一次形は奥が深いです。 また、夏季なので雪かき器が外されていますが、雪かき器と主台車枠を結ぶ取付腕はそのままになっています。
撮影:k53takaさん(新潟の蒸気機関車)   新津 1969.6.4
 EF15 4〔八王子〕 EF15 4→EF16 4→EF15 4
ef5853-EF154 こちらも福米形の4号機です。前灯及び正面扉上のつらら切りはそのままですが、スノウプラウ、汽笛カバー、デフロスタは外されています。なお、同機は福島第二機関区配置時の昭和24年10月、EF16改造前に当時の皇太后陛下(貞明皇后)の東北地方ご旅行に際し、各部を磨きだした美しい姿で3号編成による御乗用列車を牽引しています。また、同機の正面ナンバープレート取付位置はご覧の通り左寄りです。
「なんか変な形に見えますが・・。同機は検査切れの日付を間違えたとかで、八王子に逆戻りし、重連5472レの頭にも入る等、話題をまいて生涯を閉じました。」(EF5853さん)
撮影:EF5853さん  1690レ  沼久保付近 1978.7.15 
製造:S22.12.15
日立製作所 No.4615
使用開始:S23.1.12
EF16改造:S26.12.21
東京芝浦電気
復元:S43.5.31* 大宮工場
廃車:S55.6.6

移動:
S22.12.17 長岡第二
S24.4.5  福島第二
S40.8.18 長岡第二
S46.3.20 新鶴見
S52.7.27 甲府
S54.1.8  八王子
S55.6.6  工車164号により廃車

記事:
●S23.12〜24.2.23 日立:
整備改造・パンタグラフPS14に取替・寒冷地対策・砂箱増設・汽笛増設
●S25.4.14〜4.25 大宮臨修:レール撒水装置取付
●S26.10.26〜12.21 東芝:EF16改造
●S34.6.22〜8.14 大宮甲修:自動窓拭器取付・避雷器箱鉄製に取替・ブレーキ装置EL6A→EL14ASに改造・標識燈埋込改造
●S41.9.1〜9.14 大宮甲修:先輪軸受コロ式に改造
●S43.3.18〜5.1* 大宮:EF15改造

*履歴上はS43.5.1(どちらかが間違いかも)
yusha-EF15 4 通風口は3号機と同じく蓋付きの福米タイプが正面機関士側と側面運転席脇に付いたタイプです。エアフィルタは日立製では本機から小さなタイプに変更されています。第1・第5側窓は中央寄り、つらら切りは小形ですね。
「何の用事で、新宿まで出かけたのかは、覚えていませんが、カメラだけはしっかりと持っていたんですねー。短時間のうちに、197,198、そしてこの4号機と、3機も撮れてとってもハッピーでした。」(遊写さん)
 
※福米形 車体断面低 福米形通風口 エアフィルタ小 第1・第5側窓中央 正面扉横手すり 前燈取付位置原形 前燈小 標識燈外寄り 正面ナンバープレート左寄り 御乗用列車牽引機
撮影:遊写さん  新宿 1979.4.29
kawasaki-EF154 中央線で最後の活躍をする4号機。標識燈はやはりやや外側に付いています。また、昭和40年代に長岡区に配置されたEF15に対しては、正面扉右横に手すりが増設されています。
「国分寺で停車中の4号機を見つけ、高円寺へ先回り。」(川崎大輔さん)
撮影:川崎大輔さん  高円寺 1979
takechanman-EF154 これは「1次形の屋根上が分かる写真」と言う私のリクエストに応えてお送り頂いた写真で、新鶴見区時代です。標準タイプとはモニタの有無だけでなく、機器室の点検蓋の数が少なく、位置や形状も異なっています。また、この4号機の屋根上にはかつて取り付けられていた散水装置の取り付け台座の跡も見受けられます。本機の前燈の取付方法は原形のLP42と同じです。
撮影:タケチャンマンさん  新鶴見機関区 1973年頃
ohno-ef154 「EF154は寿命も長かったため、見る機会の多かった機関車です。最後に見たのは大学時代で、鉄研の仲間と学校近くの飯田町に留置してある姿を撮りに行ったときです。ぼろぼろになった姿は、何か見ちゃいけないものを見た気がしました。」(ohnoさん)
撮影:ohnoさん  鶴見 1977.3.15
BIN-EF154 BINさん撮影の新鶴見時代の4号機です。ワイパーは左右ともKW3D、前燈取付方法は原形のLP42と同様です。使用しない砂箱の蓋の留金が白く塗られています。 暖地向け仕様の福米形では日立製の4、5、7がほぼ同じ形態で、差異は前燈の取付方法ぐらいです。
撮影:BINさん  279レ  入江 1977.1.19
BIN-EF154 新鶴見区から甲府区へ都落ち。そのまま身延の山中が終焉の地となるかと思いきや、八王子区に奇跡のカムバック。再び首都圏で活躍する4号機が東海道貨物線を行く。 同機は結局そのまま八王子区で廃車となりました。
撮影:BINさん  5462レ  品川―鶴見 1979..2.4
 EF15 5〔甲府〕 EF15 5→EF16 5→EF15 5
6348-EF155 6348レさん撮影の5号機で履歴上は新鶴見区時代のはずですが、区名札は「立」です。もしかしたら新鶴見区時代に立川区に貸し出されたのかも知れません。通風口は3号機と同じく、蓋付きの福米形が正面機関士側と側面運転席脇に付いたタイプです。
 
※福米形 車体断面低 福米形通風口 エアフィルタ小 第1・第5側窓中央 正面扉横手すり 前燈大 標識燈外寄り 正面ナンバープレート左寄り
撮影:6348レさん  浜川崎 1977.7.22?
製造:S22.12.24
日立製作所 No.4616
使用開始:S23.1.23
EF16改造:S26.6.28*
東京芝浦電気
復元:S42.12.27 大宮工場
廃車:S55.1.17

移動:
S22.12.24 高崎第二
S24.4.5  福島第二
S40.8.26 長岡第二
S45.3.21 新鶴見
S53.1.11 甲府
S55.1.17 工車1052号により廃車

記事:
●S23.11.25〜24.2.5 日立:
EF15整備改造・寒冷地対策・砂箱増設・汽笛増設・パンタグラフPS14に取替
●S25.5.19〜5.29 大宮臨修:レール撒水装置取付
●S26.3.31〜6.29* 東芝:EF16改造
●S34.5.29〜7.13 大宮甲修:デフロスター取付・標識燈埋込改造

*履歴上はS26.6.29
ef5853-EF155 こちらは身延線を行く5号機です。首都圏にいたEF15の若番機は身延線のEF10を淘汰するために甲府へ転属しましたが、その後、同じEF15の後期形にその場を追われています。同機の正面ナンバープレート取付位置も左寄りです。
撮影:EF5853さん  685レ  沼久保 1978.7.15 
mattsun-EF155 こちらはまっつんさん撮影の甲府機関区に休む5号機です。4号機同様スノウプロウ、汽笛カバー、デフロスタは外されています。エアフィルタは小さなタイプ、第1・第5側窓は中央寄りです。つらら切りは小形で標識燈はやはり外寄りです。
撮影:まっつんさん  甲府機関区 撮影年月日不明
mattsun-EF155b 同じくまっつんさん撮影の5号機正面。つらら切りの付いたいかつい車体と雪かき器の無い足周りとのアンバランスが何とも言えませんね。
撮影:まっつんさん  甲府機関区 撮影年月日不明
ohno-ef155 根岸線を行く5号機。いかつい福米タイプのつらら切りスタイルにスノウプロウの無い足回りが何ともアンバランス。でも、なかなかいい味出してますね。
撮影:ohnoさん  関内 1977.6.22
BIN-EF155 BINさん撮影の貴重なカラーの5号機です。新鶴見時代ですが区名札が差さってません。ワイパーは左右ともKW3D、です。使用しない砂箱の蓋の留金が白く塗られています。 暖地向け仕様の福米形では4、5、7がほぼ同じ形態で、差異は前燈の取付方法ぐらいです。ちなみに本機のみ前燈取付方法がLP402用のステー式です。
撮影:BINさん  279レ  入江 1977.6
BIN-EF155 同じくBINさん撮影の白黒です。上のカラーと同じ1エンド側ですが、4か月ほど経っているにも関わらず、相変わらず区名札は差さってません。
撮影:BINさん  279レ  入江 1977.10.21
BIN-EF155 その前頭部。良く見るとエンド標も付いておらず、少々哀れな姿です。なお、全検標記は49.1.22 OM。それが本機の最終全検日となります。
撮影:BINさん  279レ  入江 1977.10.21
 EF15 6〔長岡(転)〕 EF15 6→EF16 6→EF15 6
nakano-ef156 日立製にもかかわらず三菱タイプのデッキを付けた変わり種です。
 
「砂箱が増設される前(福米に行く前)の新製後比較的早い時期に、EF1625(EF1527)の台車と6号の台車とが、何かの理由でそっくり交換されたのでは?昭和23年製のためか長岡の福米ではキャブの歪みも少ないほうでした。」(Nakanoさん)
同機のデッキ形状は数ある三菱1次形タイプの中で、EF1528(EF1626)とほぼ同じタイプとなっており、本来27号機の物だった可能性は高いと思われます。
 
エアフィルタは小さなタイプ、第1・第5側窓は中央寄りで、つらら切りは小形です。通風口は2号機と同じく機関士側に6段ヒダの物が付いています。昭和29年に撮られた引っ掛け式標識燈時代の同機の1エンド側には左右8段ひだの物が付いており、おそらく標識燈埋込改造時に段数を変更したものと思われます。また、前燈の取付台座は原形のLP42のものがそのまま使われています。
 
※福米形 車体断面低 エアフィルタ小 第1・第5側窓中央 正面扉横手すり 前燈取付位置原形 前燈小 1次形三菱タイプのデッキ 標識燈外寄り 正面ナンバープレートやや左寄り 御召し牽引機
撮影:H.Nakanoさん  長岡運転所  1974.12.27
製造:S23.1.31
日立製作所 No.4617
使用開始:S23.2.13
EF16改造:S26.7.26*
東京芝浦電気
復元:S42.12.8 大宮工場
廃車:S54.3.18**

移動:
S23.2.5  長岡第二
S24.3.13 福島第二
S40.9.11 長岡第二
S53.10.4 1休指定
S53.11.1 2休指定
S54.3.10** 廃車
最終走行:
S53.10 2,378,639km

記事:
●S23.12.24〜24.3.6 日立:整備改造・パンタグラフPS14に取替・寒冷地対策・砂箱増設・汽笛増設
●S25.6.27〜7.5 大宮丙修:レール撒水装置取付
●S26.6.9〜7.5* 東芝:EF16改造
●S31.1.16〜1.23 大宮甲修:レール撒水装置改造
●S33.5.30:主電動機MT41→MT42に取替
●S34.12.10〜35.2.2 大宮甲修:自動窓拭器取付・標識燈埋込改造・前燈整備・避雷器箱鉄製に取替・ブレーキ装置EL6A→EL14ASに改造
●S41.12.10〜12.24 大宮甲修:先輪軸受コロ式に改造・水槽取外
●S42.12.8 大宮臨検:EF15改造・前窓Hゴム改造
●S45.10.22〜11.4 大宮全検:避雷器LA15取替
●S46.11.8〜11.10 長野臨検:電気式速度計取付
●S49.10.11〜10.22 大宮臨検:昇降段改造
●S52.2.25〜3.8 大宮要検:避雷器LA16に取替(試験)

*履歴簿上はS26.7.5
**履歴簿上はS54.3.10
これら2点は資料によって食い違いあり
sasaki-ef156a こちらも2エンド側です。同機の履歴には各種改造記録が多数記されてあり、他の福米形EF15も同様と思われ興味深いです。その中にある昭和49年の昇降段改造とは、デッキのステップ部分を新形電機に見られるスノコ状にしたものです。この改造は上越地区のEF15、EF16に対して大宮工場で行われたもので、降雪・降雨時の安全性向上の為と思われます。(竜華区のEF15に対してもデッキステップの最下段のみスノコ状に取り替える改造が鷹取工場にて晩年行われています。)
撮影:佐々木さん   長岡運転所 1978年?
sasaki-ef156b こちらも同じく2エンド。日立製ながら三菱製1次形デッキとなっているのが確認できます。なお、同機はEF16時代の昭和35年5月、山形植樹祭における御召し列車で福島―米沢間の牽引を担当。暖房車ホヌ301を従えて旧1号編成を牽いています。これがEF15一族で御召し列車を牽引した唯一の例になります。 なお、御乗用列車の牽引は昭和24年にEF154が担当しています。
撮影:佐々木さん   長岡運転所 1978年?
triton-ef156 こちらは1エンド側です。この1エンドもやはり三菱製1次形デッキとなっています。また、通風口が機関士側、助士側双方に付いているのがお分かり頂けるかと思います。
他の福米改造機でヒダ式通風口の物は反対に1エンドが機関士側のみ、2エンドが機関士側と助士側に付いており、当時の通風口の取付改造の基準がどうなっていたのかはなはだ不思議です。

ちなみに設計変更で最初から通風口を取り付けて落成した二次形の10,11号機では、本機と同じく1エンド機関士側と助士側、2エンドが機関士側のみとなっています。
撮影:トリトンさん   長岡運転所 撮影年月日不明
 EF15 7〔甲府〕 EF15 7→EF16 7→EF15 7
kantera-ef157a 「旧型電気機関車の宝庫」のKANTERAさんにご無理を言って鮮明な画像をお送り頂きました。新鶴見区時代、甲府へ転属する直前の7号機の姿です。同機は甲府転属後1年で廃車になっているので、甲府転属後の活躍期間はほとんど無かったと思われます。こちらは1エンド側。
 
※福米形 車体断面低 エアフィルタ小 第1・第5側窓中央 正面扉横手すり 前燈取付位置原形 前燈小 福米形通風口 標識燈外寄り
撮影:KANTERAさん旧型電気機関車の宝庫)  立川  1977.11
製造:S23.2.25
日立製作所 No.4618
使用開始:S23.3.4
EF16改造:S26.10.20
東京芝浦電気
復元:S43.3.22 大宮工場
廃車:S53.12.5

移動:
S23.2.27 国府津
S24.3.14 福島第二
S40.9.30 長岡第二
S46.3.14 新鶴見
S52.12.9 甲府
S53.12.5 工車1168号により廃車

記事:
●S23.10.7〜12.27 日立:
EF15整備改造・寒冷地対策・砂箱増設・汽笛増設
●S25.4.5〜4.11 大宮臨修:レール撒水装置取付
●S26.9.4〜10.20 東芝:EF16改造
●S34.10.31〜12.16 大宮甲修:自動窓拭器取付・前燈整備・避雷器箱鉄製に取替・ブレーキ装置EL6A→EL14ASに改造
●S41.12.15〜12.27 大宮甲修:レール撒水装置取外
●S43.2.12〜3.22 大宮:EF15改造
kantera-ef157b 同機の2エンド側です。前燈の取付方法は原形のLP42と同じタイプです。
撮影:KANTERAさん旧型電気機関車の宝庫)  立川  1977.11
takechanman-EF157 こちらも新鶴見区時代の姿です。1次形にはもともと屋根上にモニタがありませんでしたが、前述の通り福米用全機と上越用一部についてはその部分にレール散水装置が取り付けられました。その後、福米EF16は昭和41年〜42年にかけて取り外され再びフラットな屋根に戻っています。この写真が撮られた段階では避雷器(おそらくLA15)にはカバーが付けられていません。
撮影:タケチャンマンさん  田端操車場  1971年頃
c51-ef157 リンクでもお世話になってます椎野吾一さん撮影の7号機。これも新鶴見区時代でやはり避雷器カバーは未取付の模様です。
国鉄時代の新鶴見の機関車は何故か汚れがひどかった印象がありますが、この7号機も艶が全くないですね。(^^;)
撮影:椎野吾一さん椎野吾一の鉄道博物館    蕨付近  1973.3.28
BIN-EF157 上の5号機と同じくBINさん撮影の7号機です。5号機とほぼ同じ形態の本機ですが、本機の前燈の取付方法は原形のLP42と同じ形態です。ワイパーは左右ともWP35でしょうか。日立の福米形は川崎の物と比べて外板の痛みが激しい印象です。また、BINさんが同地点で撮影した同じ福米形21号機の写真と比べると日立製と川崎製の一次形の違いが良く分かります。
撮影:BINさん  279レ  入江 1977.11.8
BIN-EF157
同じくBINさん撮影の7号機。2軸の貨車を主体にした編成の先頭に立つEF15の姿は、やはり良く似合います。雪深い峠から里に下ったとはいえ、福米EF15の武骨な姿は格好良いですね。。
撮影:BINさん  279レ  入江 1977.11.21
BIN-EF157
同じくBINさん撮影の7号機。上のカラーと同じく2エンド側です。 日立製一次形は全機福米形となっていますが、同じ福米形でも川崎製に比べて外板の痛みが激しい印象です。
撮影:BINさん  279レ  入江 1977.11.21
 EF15 8〔甲府〕 EF15 8→EF16 8→EF15 8
ef5853-EF158 身延線を行く8号機。福米形の特徴である蓋付き通風口を避けて標識灯が付けられている為、顔つきが独特です。同機も汽笛カバー、雪かき器、デフロスタが外されています。エアフィルタは小さなタイプで、第1・第5側窓は外寄りです。つらら切りは福米タイプの小さなもの。また、同機の正面ナンバープレート取付位置は日立製にしては珍しくほぼ前面窓下の標準的な位置です。おそらくEF16から再改造された際に標準的な位置に取り付けられたものと推察されます。なお、
 
※福米形 車体断面低 エアフィルタ小 第1・第5側窓外寄り 福米形通風口 標識燈外寄り 前燈小

撮影:EF5853さん  673レ  沼久保―西富士宮 1978.7.15
製造:S23.3.27
日立製作所 No.4619
使用開始:S23.4.13
EF16改造:S27.2.22*
東京芝浦電気
復元:S42.8 大宮工場
廃車:S54.3.30

移動:
S23.4.3   高崎第二
S24.3.14  福島第二
S40.9.13  長岡第二
S46.3.3   新鶴見
S52.11.30 甲府
S54.3.30  廃車

記事:
●S23.12.7〜24.2.12 日立:
EF15整備改造・寒冷地対策・砂箱増設・汽笛増設・パンタグラフPS14に取替
●S25.2.6〜2.17 大宮丙修:レール撒水装置取付
●S27.1.7〜2.23* 東芝:EF16改造
●S31.2.2〜2.9 大宮甲修:避雷器箱鉄製に取替
●S35.2.6〜3.22 大宮甲修:自動窓拭器取付・前燈整備・ブレーキ装置EL6A→EL14ASに改造
●S42.1.7〜1.24 大宮甲修:レール撒水装置取外・先輪軸受コロ式に改造

*履歴上はS27.2.23
inage-EF158 同機の2エンド側です。本機の第1・第5側窓は日立のエアフィルタの小さい車体では唯一外寄りとなっています。荒れた外板が福米時代の過酷さを彷彿させます。
「ごらんのとおり1休車中(注:写真を良く見ると二休のようです)の姿でパンタが下がっているのが残念です。当日は当然のことながら福米形を求めて出掛けて行ったのですが出会えたのはもう一両EF1521だけで他は高崎から転入した車でした。」(N.Inageさん)
撮影:N.Inageさん  甲府機関区 1978.10
takechanman-EF158 4号機の写真と同じくリクエストに応えてお送り頂いた写真です。4号機とは異なり同機の屋根上には散水装置の取り付け台座の跡は見られず屋根中央部はすっきりとしています。こちらも2エンド側。
撮影:タケチャンマンさん  田端操車場 1975年頃
kantera-ef158 7号機と同様、ご無理を言ってKANTERAさんのホームページより転載させて頂きました。同機の1エンド側です。
撮影:KANTERAさん旧型電気機関車の宝庫)  新宿 1977年
k53taka-EF158 k53takaさん撮影の1960年代終わりの貴重な姿。3号機の同時期の写真と同じく前面窓はHゴム支持でワイパーは機関士側、助士側共にKW3D、汽笛の位置が助士席側で本来の機関士側になっていません。 EF15に復元された福米EF16については他にも同様の形態があったと思われますが、こればかりは実際の写真で検証するしかありません。この時期の写真が色々と出てくると良いのですが…。
撮影:k53takaさん(新潟の蒸気機関車)   新津 1969.8.14
BIN-EF158 BINさん撮影の新鶴見時代の姿で1エンド側です。ワイパーは機関士側WP50、助士側WP35で、前燈取付方法はステー式です。 日立製の一次形でエアフィルタの小さいタイプでは本機のみ第1・第5側窓の位置が外寄りです。
撮影:BINさん  279レ  入江 1977.5.21
BIN-EF158 つらら切りが独特な福米形のプロフィール。同じくBINさん撮影で上の写真と同じ日の撮影かと思いきや、わずか5日後の撮影です。
外板が昭和23年製にしてはベコベコです。日立製の一次形は福米での酷使の為か総じて痛みが激しい印象です。サイドから見ると前燈のつらら切りもかなり飛び出ている事が分かります。厳つい車体上面に比べ、雪かき器の無い足周りがアンバランスです。
撮影:BINさん  279レ  入江 1977.5.26
BIN-EF158 同じくBINさん撮影のお馴染みのアングルでやはり新鶴見時代です。こちらは2エンド側です。初期のEF15(3次形まで?)について運転席も含めた可動式の側窓は木製で、四辺にRが付いた物、Rが無く縁取りが大きい物と様々な形が見られます。本来は窓サイズに合った四辺にRが付いた物だったと思いますが、おそらく配置区などで修理する際に工作が容易な形になったのではないかと想像します。(実用上は問題ないですし…。)ちなみに、EF58の35、36号機の側窓も同様と思われます。
撮影:BINさん  279レ  入江 1977.1.25
BIN-EF158 同じく2エンド側の運転席周りのアップ。 本機に限らず福米形の2エンドR(3位)側のデッキ側面はご覧の様にかなり大きな欠き取りが見られます。ここはかつて重連用のジャンパ連結器があった側の側面なので、その配線がらみかも知れません。しかし、1エンドのR(1位)側には見られないので実際のところは今となっては分かりません。
撮影:BINさん  279レ  入江 1977.1.25
BIN-EF158 日立と東芝の銘板が仲良く並んでいますが、これこそかつてEF16に改造されていた証。福米EF16の改造は製造メーカーに関わらず全て東芝で施工されています。荒れた外板に戦後の混乱期に生まれ風雪を耐えた歴史を感じます。車体上部の増設された雨樋に継ぎ目が見られますが、同じ長さの物を溶接で継いだ構造なのが見て取れます。
撮影:BINさん  279レ  入江 1977.1.25
Vol.2に続く


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