ELECTRIC LOCOMOTIVE EF15
形態バリエーション(EF15一次形)

Last Update 2005.8.9

やるやる…と言いながらウン年と言う月日が経ってしまいましたが、何とか形になりましたので一応公開させて頂きます。画像は全てパソコン上でIllustratorで縮尺1/10で描き、Photoshopで色を付けています。例によって相当細かいところも描き込みましたが縮小で潰れてしまいました。
EF15一次形は途中から車体断面、エアフィルタの設計変更が行われており大別して2種類、また、戦後の混乱期の製造という事で各メーカ毎にデッキ部分等、細部が異なる仕様で登場しています。また、その後の整備改造やEF16への改造などによって1両1両実に個性的な形態となっています。ここではそのバリエーションの数々を紹介していきたいと思います。

さて、EF15一次形と上越線の関係はとても深く、長岡に3,3,6,17,18,19,20,21,27,29,31,32,33の13両、高崎第二に2,5,8,16,22,27,28,の7両、水上に1,30の2両の計28両が新製配置されています。昭和24年の奥羽線電化に際し1〜8,20〜23が福島第二に転属(後のEF16 1〜12)すると東海道地域に配置されていた物も上越に集結し、29,30を除きEF16 20〜31に改造されました。その為、このページではEF16も合わせて紹介します。
例によって説明の色の付いたところをクリックすると詳細が見られます。イラストをクリックすると大きなものが表示されます。

 EF15 1〔長岡〕 日立製
EF15中他に例を見ない変形デッキ。福米EF16から復元されたトップナンバー。 写真を見る(佐々木さん)
特徴:
奥羽本線の福島〜米沢間用EF16を長岡区に転属後、水タンクや電気笛、回生ブレーキの撤去などを行いEF15に復したもので、特徴ある正面扉上のつらら切り、増設された砂箱及び通風口にその面影を見ることができます。この1号機は日立製初期の車体が低くエアフィルタが大きいタイプです。日立の一次形は全てEF16に改造されましたが本機と同様、上越に移動後再び全機EF15に戻されています。一次形日立のつらら切りは正面窓上に関しては奥行き・丈が共に短く、先端部が枕木方向と平行になっていない(前面の傾斜と同じ)ところが特徴です。日立製は全機このタイプとなっています。福米形独自の正面扉上のつらら切りの取付位置は本機は扉ぎりぎり(縁取り部分)となっており、LP402前燈の取付ステーも標準的な位置(屋根とツライチ)になっています。

日立最初の落成機となった本機のデッキは、デッキステップが前位に寄った独自の物で、手すりの形状も他機とは全く異なっています。また、初期のEF15ではスノウプラウがデッキステップ部に干渉する為、スノウプラウ端部を欠き取っていますが、本機は前述の通りデッキステップが前位寄りになっている為、問題が無かったのかスノウプラウが初期タイプ原形のままになっています。

整備改造時に引き戸に改造された機械室側窓両端の位置は内寄りです。落成当時から可動式だった側窓(運転室・第2・第4側窓)下辺には窓枠?が見られますが、これは各メーカーの一次形初期に見られる物です。標識燈は標準位置よりも外側になっており、通風口の増設された福米形では標準的です。運転室側窓の水切りは整備改造時に延長されており、水切りの垂直になった部分が延長部分です。
福米形の特徴である運転室用通風口は6段ヒダの物が1エンド前面機関士側、2エンド機関士側・助士側に取り付けられています。ワイパーは機関士側WP50、助士側KW3Dです。正面扉の右側に長岡区独自の改造である手すりが設置されています。

 EF15 2〔高崎第二〕 日立製 落成時
戦時設計色を色濃く残す落成直後の姿
特徴:
戦後の復興を担って昭和22年に落成したEF15ですが、その形態は先に落成した旧EF58同様、技術力低下や工数削減の為、高速度遮断機の未搭載、屋根上のモニタ、雨樋、抵抗器室ベンチレータ、各窓やエアフィルタの縁取りの廃止、集電性能の劣る電車用PS13パンタグラフの採用、プレート式先輪など、まだまだ戦時設計を引きずった内容でした。側窓は4枚で開閉可能なのは中央2枚のみ、運転室側窓の水切りも窓の下面まで達していません。また、前面窓にはつらら切りも無く、昇降段の段数及び位置も一次形では後の標準形とは異なっています。デッキ上の標識燈掛けも未取付でワイパーは手動式、前燈はこれが原形のLP42です。第1動輪L側、第6動輪R側には機械式速度計が取り付けられています。排障器もまだただの棒です。なお、1号機同様、落成時から可動式だった側窓下辺には窓枠の様な物が見られます

この2号機の原形姿は国鉄所蔵の写真が各種資料で良く紹介されており、最も馴染み深いものかと思います。車体は断面が低くエアフィルタが大きなタイプです(日立製は全機低い車体)。手動式ワイパーは日立製では窓上面端、他では窓下面端となっています。砂箱は登場時はご覧のように各動輪の前位取付でしたが、後の整備改造時に第2・第4動輪の物が車体中央寄りに移設されています。避雷器は第2エンド機関士側に角形カバーのLA12が1基のみです。また、PS13パンタの取付位置はPS14とは異っており、屋根上の点検蓋の上にぴったり載っています。1次・2次形の引っ掛け式標識燈の取付位置は大きく分けて3種あり、
  ・本機の様に車体下面近く 例)2,32,33
  ・車体上方ナンバープレート下面近く 例)16,17,18,19,20,21,40 おそらく川崎製のみ
  ・両者の中間位(最も標準的) 例)4,7,8,9,10,11,24  となっています。
EF58に比べEF15のこの時代の写真は発表されている物が少なく、パンタグラフ母線の引き込み方法など調査はなかなか困難です。なお、一次形の抵抗器室カバーには二次形以降と異なりクレーン用フックは取り付けられていませんので模型化の際には注意が必要です。

 EF15 4〔八王子〕 日立製 福米形
福米EF16からEF15に復元。晩年を八王子で過ごし新鶴見の福米タイプと共に首都圏で最後の活躍 写真を見る(遊写さん)
特徴:
奥羽本線の福島〜米沢間用EF16を長岡区に転属後、水タンクや電気笛、回生ブレーキの撤去などを行いEF15に復元したもので、その後新鶴見区に移動しスノウプラウ、汽笛カバー、デフロスタが撤去されています。特徴ある正面扉上のつらら切り、増設された砂箱にその面影を見ることができます。ちなみに砂箱は全て標準タイプの大きな物です。この4号機は日立製で車体が低くエアフィルタが小さいタイプです

日立製のデッキは変形デッキの1号機を除き、正面から見ると手すりの形状から四角っぽい印象です。また、デッキのステップ部分の鋼板が幅広でとてもがっしりしています。初期のEF15では当初スノウプラウがデッキステップ部に干渉する為、スノウプラウ使用時は同部の下部を取り外せるようにしていましたが、後にスノウプラウ端部を欠き取る事で対応しています。各機ともデッキステップ下部にはその名残がありますが、その方法は多種多様です。

整備改造時に引き戸に改造された機械室側窓両端の位置は標準位置です。標識燈は福米タイプの取り付け位置は引っ掛け式標識燈時代に増設された通風口を避けてか総じて標準位置よりも外側になっており、独特の表情を醸し出しています。運転室側窓の水切りは整備改造時に延長されています。水切りの垂直になった部分が延長部分です。
福米形の特徴である運転室用通風口は蓋付きの物が正面機関士側と運転室両側面に取り付けられています。前燈はLP42用取付台座をそのまま使用したタイプで、同じ福米形ながらステー式の物とはサイドの印象が異なります。ワイパーは機関士側・助士側共にKW3Dです。前述の通り、一時長岡区に配置されており正面扉の右側に同区独自の改造である手すりが設置されています。

 EF16 21〔水上〕(旧EF15 17) 川崎製
車体が高くエアフィルタの大きい川崎製上越EF16の標準的な姿。グローブ式ベンチレータ装備 写真を見る
特徴:
上越用EF16になった物は新製配置から廃車まで上越線で生涯を過ごしています。本機は元は川崎製のEF1517で一次形初期の車体断面が高くエアフィルタが大きいタイプです。単体で見ると分かりにくいですが、車体が低い物と比べると正面から見ると少々間延びした顔付きで、横から見るとずんぐりした印象です。交互に見るとその高低差が良く分かります。ちなみに高低差は100mmで、窓や正面扉の位置がほぼそれだけ高くなっています。埋込式に改造された標識燈の位置は車体高低に関わらず車体下面から約30mmです。(例外:EF1510)また、車体が高いタイプは前面下部の中央が大きく欠き取られています。落成当時から可動式だった側窓(運転室・第2・第4側窓)には窓下辺に窓枠の様な物が見られます。

川崎製一次形は正面の昇降段(屋根上の手すりも含め)がLR両側に取り付けられているのが特徴です。川崎製初期デッキは他メーカーに比べ後の標準タイプに最も近いものですが、それでも細部は異なっています。機械室側窓の両端の位置は標準位置より若干車体中央に寄っていますが、エアフィルタが大きいタイプではこちらの方が標準です。屋根上の抵抗器室カバーのベンチレータは旧形国電と同様なグローブ式が取り付けられています。このグローブベンチレータは後の装備改造で取り付けられた物ですが、川崎製一次形8両中の何と5両に取り付けられており、他には見られません。グローブ式を取り付けた装備改造の担当は川崎だけでなく日立でも行われており、なぜ川崎製のみとなったのか詳細は不明です。

本機のつらら切りは上下幅が厚く全体に丸っこく、先端部が枕木方向と平行になっていない(前面の傾斜と同じ)タイプで、二次形以降の日立製に良く見られる物と似ています。砂箱は全て川崎初期独自の小さい物となっています。前燈は原形のLP42用の台座をそのまま使用して取り付けられています。その台座は三菱製とは異なり前面に補助燈掛けが付いたタイプです。ワイパーは機関士側・助士側共にWP50です。また、EF16改造に伴い、第1・第2エンドデッキ前面R側に重連用ジャンパ連結器が設けられましたがその後取り外されており、晩年はその取付座のみ残っていました。なお、EF15、EF16の標識灯掛は通常デッキの昇降段付近に左右それぞれ設置されていますが、本機のそれはデッキ中央部の手すりの外側に設置されています。

 EF16 11〔水上〕(旧EF15 22) 川崎製 福米形
EF1612と共に福米EF16の生き残りの人気者。グローブ式ベンチレータ装備 写真を見る
特徴:
奥羽本線の福島〜米沢間用EF16を上越用EF16と同等に再改造したものです。正面扉・前燈上のつらら切りや先端の尖った大形の汽笛カバー、増設された砂箱にその面影を見ることができますが、他の福米EF16をEF15に復した物と外見はほとんど変わりません。

元は川崎製のEF1522で一次形後期の車体断面が低くエアフィルタが小さいタイプです。正面の昇降段は川崎製一次形独特のLR両方に取り付けられた物で、車体が低い物に関してはその取り付け高さが他の一次形とは若干異なっています。機械室側窓両端の位置はEF1628と同様、標準より若干車端部に寄っています。一次・二次形の標識燈は当初全機引っ掛け式で後に埋込式に改造されていますが、福米タイプの取り付け位置は引っ掛け式標識燈時代に増設された通風口を避けてか総じて標準位置よりも外側になっており、独特の表情を醸し出しています。

福米形の特徴である運転室用通風口は二種存在しますが本機では1エンド前面機関士側に6段ヒダ、2エンド機関士側・助士側に6段ヒダのものが取り付けられ、両エンドで微妙に異なる表情です。(ヒダ式の通風口ではEF156を除きこの形態。引っ掛け式標識燈時代にはそれぞれ8段もしくは7段ヒダ)屋根上の抵抗器室カバーのベンチレータは上のEF1621と同じくグローブ式が取り付けられています。増設された砂箱は全て小さいものとなっています。前燈はPS15パンタグラフを搭載した車と同様のステーによる取り付けとなっていますが、正面扉上のつらら切りを避けてやや上方に飛び出して取り付けられています。ワイパーは機関士側がWP50で助士側がWP35です。本機は奥羽線を離れた後、廃車間際の昭和55年3月に水上に転属するまで長岡区に配置されており、同区のEF15と同様、正面扉の右側に手すりが設置されています。

 EF15 29〔東京〕 三菱製 EF15原形
同じ東京区の30号機と共に一次形でEF16未改造のEF15原形機 写真を見る
特徴:
全26両の一次形中、30号機と共にEF16に改造されなかった1両です。本機は三菱製で一次形初期の車体断面が高くエアフィルタが大きいタイプです。三菱製1・2次形デッキには多くの特徴があり、また、各種タイプが存在します。車体が高い物は低い物と比べると大分ずんぐりした印象で、車体前面下部の中央が大きく欠き取られています。

新製配置は長岡でその後、昭和33年に新鶴見区に移動するまで上越線で活躍しました。30号機同様、かつて単線だった上越線でのタブレット交換に対応して第1・第5側窓に保護柵が設けられています。前面のつらら切りは標準的な形態です。機関士側の側窓はこれが原形と思われます。前端バリ正面の穴はスノウプロウの取り付け跡です。機械室側窓の両端の位置は標準位置でエアフィルタの大きい車体では少数派です。

屋根上の常磐線列車無線は昭和43年に宇都宮から新鶴見に転じた際に取り付けられたものと思われます。その取付位置は1エンドがL側、2エンドがR側のそれぞれ抵抗器室カバー後に取り付けられています。前燈はLP42取付台座を使用してLP402が取り付けられています。避雷器はなぜか1エンド側が前燈後ろ、2エンド側がパンタグラフと抵抗器室カバーの間に取り付けられています。ワイパーは機関士側・助士側共にWP35です。
晩年は同じくEF16改造を免れた29号機と共に東京区に配置され、荷2935レの先頭に立つなど、地味ながらも首都圏を中心に最後の活躍をしました。

 EF15 30〔東京〕 三菱製 EF15原形 つらら切り変形
独特の表情のつらら切り変形機。一次形でEF16未改造の原形機 写真を見る(青森恒憲さん)
特徴:
同じく三菱製一次形で29号機と共にEF16に改造されなかった1両です。上の29号機と同じく三菱電機・三菱重工製の本機ですが、車体は一次形後期の断面が低くエアフィルタが小さいタイプとなっています。デッキは三菱タイプの連結器解放テコが外に出たもので、その取付方法は30号機独自の物です。

新製配置は水上でその後、昭和33年に新鶴見区に移動するまで上越線で活躍しました。その名残としてかつて単線だった上越線でのタブレット交換に対応して第1・第5側窓に保護柵が設けられています。また、前面のつらら切りが奥行きが短く角張った本機独特のものとなっていますが、これも当初つらら切りの無かった一次形に最初に取り付けられた物がそのまま残った物で、正面から見るとちょっと困った表情にも見えてユーモラス。なお、機関士側の側窓はこれが原形と思われます。前面窓のデフロスタは上越時代ではなく昭和44年、新鶴見時代に取り付けられています。前端バリ正面の穴はスノウプロウの取り付け跡です。機械室側窓の両端の位置は標準位置になっています。

屋根上の常磐線列車無線は昭和43年に宇都宮から新鶴見に転じた際に取り付けられたものと思われます。その取付位置は1エンドがL側、2エンドがR側のそれぞれ抵抗器室カバー後に取り付けられています。前燈はPS15パンタグラフを搭載した車と同様のステーによる取り付けとなっています。また、避雷器が前燈直後、車体ぎりぎりに取り付けられています。ワイパーは機関士側がWP50で助士側がWP35です。


 EF16 28〔水上〕(旧EF15 31) 三菱製 側窓EF15一次形原形

     L側(2位・4位側)(左側が第1エンド)

     R側(1位・3位側)(左側が第2エンド)
EF15一次形原形の面影を残す 写真を見る
特徴:
一次形は落成から約1年後の昭和23年〜24年にかけての整備改造時に車体中央に固定窓が増設されましたが、本機は施工漏れで原形の側窓4枚が残ったものです。(他に26号機(EF1624)があり。)

本機は三菱電機・三菱重工製一次形後期の車体断面が低くエアフィルタが小さいタイプです。デッキはEF1529とほぼ同じ形態ですが、本機のデッキ前面の解放テコ用開口部の形状は1エンドと2エンドで若干異なっています。
機械室側窓の両端の位置は一次形では数パターンあり、本機は標準より若干車端部に寄っています。これは前述の整備改造時に窓を開閉式にする際に移設したのではないかと想像されます。前燈は原形のLP42用台座を用いて取り付けられています。

EF15イラスト化の最初と言うことで、公式側のL側だけでなくR側も描いてありますのでそれらの差異もご覧頂ければと思います。EF58もそうですが、EF15では電動発電機の搭載が1エンド側に1台となった為、抵抗器室カバー位置が左右対称では無いのも特徴です。また、EF15では電気式速度計の検出装置がR側の第1エンド台車(右)の第2軸と第2エンド台車(左)の第1軸に取り付けられています。(EF58は第1エンド台車L側、第2エンド台車R側のそれぞれ第1軸に取り付け) また、機関士側の側窓が両エンドで異なっていますが、おそらく修繕等で形が変わったのではないかと思います。(直線の方が工作しやすい)1エンド側は本来の丸く縁取られた形に似ていますがガラス部分の幅が狭くなった物、2エンド側は上越の一次形EF15やEF16で良く見られる四角の物となっています。

 EF16 27〔水上〕(旧EF15 33) 三菱製
標識燈取付位置の変形機。車体に引っ掛け式標識燈時代の標識燈掛けも残す。 写真を見る(初瀬春日さん)
特徴:
本機も三菱製一次形後期の車体断面が低くエアフィルタが小さいタイプです。デッキは連結器解放テコが前面に出たタイプで、デッキステップの支えの前位機関士側の取付方法が1エンドと2エンドで異なっています。機械室側窓の両端の位置は標準位置となっています。

本機の埋込標識燈は1エンド、2エンド共に福米タイプよりもさらに外側に寄って取り付けられています。特に1エンド側が激しく、車体に残った標識燈掛けと相まって特異なマスクになっています。避雷器は1エンド・2エンド共パンタグラフと抵抗器室カバーとの間です。前燈は原形のLP42用台座を用いて取り付けられています。



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