さようなら 寝台急行「銀河」 その1
 
Update 2008.4.1

2006年3月17日の客車「出雲」廃止から2年。今度は伝統の東海道夜行急行「銀河」が3月14日発をもって廃止となりました。これで東京口の客車寝台は「富士・はやぶさ」の1本のみとなります。

「出雲」の時には廃止が決まってからは躊躇してしまって結局乗ることが出来ず、後にえらく悔しい思いをしたので、今回は廃止発表前後に一気に3回乗り納めに行ってきました。その時の印象を写真と生録したサウンドで綴りながら「銀河」について振り返ってみたいと思います。写真の時系列はバラバラですが、一応乗車記のような雰囲気でまとめてみました。

生録音は<サウンド再生:>以下のリンクをクリックしてください。別ウィンドウで音声ファイルが開きます。大きな音が出る場合があるのでヘッドフォン推奨です。(撮影・録音は2007年12月から2008年1月)

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久々に「銀河」に乗りに東京駅へ。すっかり様変わりした地下通路の案内表示に「銀河」の文字が浮かびます。この日は減車で6両(カニを含めれば7両)での運転でしたが、なぜか表示は通常の8両。この辺りにも「銀河」に対する意識の低さが伺える気がします。

銀河の下に表示されている「ムーンライトながら」も、元を辿れば東京〜大阪間の夜行客車鈍行143レ・144レの流れを組む「銀河」に負けず劣らずの歴史ある列車。こちらも果たしていつまで走り続けられるのやら…。

サウンド再生:東京駅10番線に「銀河」が入線


ここ数年ですっかり長距離列車の表示が少なくなった東京駅東海道線ホームの発車案内。記事欄の寝台急行の文字とマークも「銀河」と共に消えてしまいます。


22時23分。10番線に品川方からEF65PFに牽かれて入線です。この日はカニ込みで7両の減車編成。

牽引機のEF65PFは今回の「銀河」廃止によって長年担当したブルトレ牽引から撤退です。1980年代のブルトレブームの中心的存在だっただけに、当時を知る者にとっては感慨深いですね。また、田端運転所のPFにとっては、遂に定期運用が消滅してしまいました。この1112号機も保留車になってしまう様です。

サウンド再生:東京駅10番線に「銀河」が入線 その2
 


牽引してきたPFはすぐに客車から切り離され、そのまま神田方に引き上げた後、空いている9番線を通して機回しされます。客車のドアは機関車が解放されるとすぐに開けられます。発車時間まで40分近くあるので買い物などするにはありがたいですね。少し前までは、客車ごと一旦ホームを通過して神田方まで引き上げて機回しを行ない、発車時間の10分ほど前に東京駅へ入線と言う慌ただしいものでした。


PFが切り離され、オハネフ25 0番台の端正なお顔と「銀河」のバックサインがお目見え。オハネフは妻面のジャンパ栓が撤去され、原形のステンレス帯がシールに変更されて下部の帯が前面まで回り込んでいる事もあり、何だか14系っぽい表情です。 ※この記述についてゴハチ信者さんより以下の指摘を頂きました。

オハネフ25 0番代の新製時の形状は、ジャンパ連結器栓納めが

   1.妻板に設置されている1〜27
   2.妻板ではなく、床下車端部に設置されている28〜47


に二分されます。 1.は後年、妻板から床下車端部に移設したので現存しません。
ところで、kobanekoさんがその1で東京駅で撮影されたのは大ミハの40、42、43、46、47のいずれかですので2.に属します。そういう訳で、このオハネフは妻面のジャンパ栓は撤去されていないのです。


このオハネフ25も製造から30年以上経過していますが、見た目はとても綺麗ですね。「銀河」用の編成は、走行距離が短い事もあるんでしょうが、車体の内外共に整備が行き届いている印象です。


このマーク、「銀河」が戦後デビューした当初の行灯式テールマークとほとんど同じデザインで、このタイプが登場したのは20系客車になって4年が経過してからです。
それでは、オロネ24車内で録音した放送、走行音を聞きながらご覧下さい。

サウンド再生:東京駅発車前の車内放送〜東京発車〜品川到着走行音(101レ「銀河」 オロネ24 103車内)
オハネフの乗降口。

「B寝台」と三つ星マークが二段ハネの証。その上の架線注意の札が良い味出してます。扉横の昇降段の最下部がオフセットしてるのは仕様でしたかね?

無機質なステンレスの折り戸やステップが今となっては時代を感じさせます

こうして車体をアップで見てみると雨樋部分など結構歪みが出ています。

尚、25形の緩急車では乗降扉の位置が海側と山側とでずれていますが、寝台の二段化による定員減少を減らす為に寝室スペースを広くした結果です。
キハ58などにも見られるデッキ部分のステップ。白熱灯の淡い光りが郷愁を誘います。

しかしながら、このデッキ部の段差も現在のバリアフリーの世の中からしたら、いかにも前時代の遺物です。ちなみにこの日、車内に乗り込む際にここで思いっきりつまずいて転んだ若い女性がいました。

現在の感覚では、列車の搭乗口にいきなりこんな段差がある事を予想することは難しいのかも知れません。



それではつまずかないように注意して、このままオハネフの車内に入ってみましょう。

デッキ部から貫通路を見てみます。

20系の半室構造の優雅な展望スペースから比べると、14系以降の新系列(笑)寝台車は実用一点張りの緩急車の作りですが、それでもここから流れ行く夜景を眺める楽しさは、客車ならではの醍醐味でした。

せめて右側の乗務員室スペースが開放されていれば随分居心地も良いんですが…。

  
同じくオハネフのデッキ部。

こちら側はメインの乗務員室側です。放送設備など車掌業務を行う機器が設置され、右側に比べ若干広くなっています。

  
オハネフのデッキ部分。斜めになった寝室への開き戸が緩急車の証です。

ステップ前に「段差にご注意ください」とかなり目立つように注意書きがあるところからも、やはり転倒事故が多いのでしょう。

  
デッキには国鉄車両お馴染みの押し蓋式の「くずもの入れ」。分別式でないのが登場した時代を物語っています。

  


「くずもの入れ」とその周囲。剥き出しの計器類のカバーなど、飾り気は一切無しの実用本位。


同じくデッキ部分にある冷暖房配電盤。動作確認ランプの灯りが良い感じですが、今だったらもっと目立たないところに配置するか隠すかするでしょうね。
開放形B寝台の寝室です。

長い通路と片側寝室のレイアウトは多少広くなったとは言え戦前のスハネ30000から基本は変わりません。

これはオハネフ25 0番台で、製造から既に30年以上経っていますがとても綺麗に整備されています。パッと見は新製時とさして変わらない印象です。

内装のモケットやカーテンの交換などがされていますが、基本的には登場時と変わっていませんね。

寝台区画の仕切壁面に0番台ならではの上段寝台の昇降スイッチカバーが見えます。これって今でも作動するんでしょうかね?

この車両は喫煙車なので、通路にはずらりと吸い殻入れが並んでいます。



この写真は閑散期の土曜日発の車内を撮影した物ですが、ハネ5両と言うのにこの空きよう…。残念ながらこれでは廃止もやむを得ないと感じました。

  
こちらもオハネフですが、上段が固定された100番台。上の0番台とは異なり寝台区画仕切の壁面がフラットになっています。

また、禁煙車なので吸い殻入れも撤去され、通路がとてもスッキリしていますね。

  
デッキ部への扉は開閉式。

アルミ製の扉は、シンプルと言えばシンプルなデザインと言えなくもありませんが、防火対策の現れと同時に国鉄末期の合理化一辺倒だった時代を物語ります。

剥き出しの消化器も無骨そのものです。
この車両のモケットはグリーン系に換えられています。オリジナルはカーテン共々も青一色でしたね。

カーテン上部には遮光カバー?も追加されています。遮光目的と言うよりどちらかというとプライバシー確保の為でしょうか。
上段部分です。窓も何も無いけれど、手前の通路部の上に広い荷物棚があります。

この荷物棚、昔は区画内の人が皆で譲り合いながら共有したんですが、今はちょっと難しそう。

子供の頃に乗った三段寝台の上段は、当然これより更に高い位置で下を覗くと結構怖かったものです。反面、秘密基地みたいで楽しかったりもしましたが。

転落防止の二本のベルトも20系の時代から変わりませんね。


同じく上段部分です。天井のまぁるい蛍光灯も20系ハネからの伝統です。
上段独特の閉塞感は、「銀河」の様な乗ったら寝るだけの列車では結構有効だったのではないでしょうか。慣れた人は最初から上段を指定するという話も聞いたことがあります。


下段は荷物を置くスペースこそありませんが、車窓を楽しむ事が可能です。また、窓部分に固定テーブル、通路側仕切部と座席背ずり上部に可動テーブルが備わり、ちょっとした小物を置くことが出来ます。この車両のモケットは国鉄時代とも異なった濃い紺色。
寝室内を通り抜けて洗面所区画へ。ここには洗面所とトイレが設置されています。

まずは国鉄時代からまったく変わっていない洗面設備。懐かしさを感じると共に、未だにこのままと言うのに驚きを隠せません。


真っ白な陶器製の洗面台やその間にある痰壺などは今や昭和レトロの範疇でしょうか。
綺麗に整備をされてお客を待つ姿は、ブルトレブームの頃の輝いていた姿を思い起こされます。


右側に見えるアルミのカバーはヒーターです。丸っこい形が愛らしいですが、冬場に直接触れると火傷しますよ〜。


この洗面台、使い方に少々コツがいりますが、最近は知らない方が多いかも知れません。

お湯や水を出すにはそれぞれのレバーをひねりっ放しにしないといけない(手を離すとバネで戻ってしまう)為、流しっぱなしで使うことは困難です。顔を洗う時などは洗面台に溜めて使います。
不特定多数が使用する洗面台で、今時そんな使い方をする事はまず無いのでちょっと抵抗がありますね。だからと言って直接湯口に手をかざすと熱湯が出てくるのでご注意を。

限られた水しかない列車内で水を節約する為には仕方なかったんでしょうが、やはり使いにくいですよね。近年の車両ではセンサーで手をかざした時のみ水が出るようになり、使い勝手は飛躍的に良くなりました。技術の進歩ですね。
洗面台の上部には開閉式の窓と電動式行き先表示器の点検蓋が並びます。

国鉄形特急車両でお馴染みのレイアウトですが、その始祖は昭和39年登場の481系電車です。

洗面台周囲にはコップ(今時使う人いるんでしょうか?)、石けん、棚、鏡にゴミ箱…と必要なものが機能的に並んでいます。


それにしてもこの姿を見て、懐かしいと感じるか古くさいと感じるか人によって様々かと思いますが、個人的には懐かしさよりも最新形としてデビューした当初のイメージを強く抱いてしまいます。


洗面所スペースの壁にはアナログ式の水量計が取り付けられています。赤い表示部に針が達すると欠水です。危なくなったら途中駅で給水手配をできれば良いんでしょうが、今はどうしてるんでしょう?昔ほど水を使う人がいないのか、人そのものがいないのか…。昔の寝台列車では混雑した時など翌朝目が覚めると「○号車は欠水」とかありましたっけ。
洗面所向かい側はトイレ。これは二つ並んだ個室の右側です。

25形のハネでは寝台スペースを確保する為、二つあるトイレの内、車内寄りを線路と直角に配置、出入り扉を折り戸にしています。

参考の為、内部の写真も撮ってありますので、ご覧になりたい方はこ下のリンクをクリックして下さい。(^^;)

ハネWC
車端の貫通扉。金網入り模様ガラスに浮かぶB寝台の文字。

右にチラッと見えるのは左側のトイレの引き戸です。

さて、出発時間も近づいてきたようなので、今夜のねぐら。今や貴重になったプルマン式開放形A寝台。1号車のオロネ24へ行ってみる事にします。

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