ELECTRIC LOCOMOTIVE EF15  Vol.11
EF15 107〜121

Last Update 2016.12.1

Index EF15107 EF15108 EF15109 EF15110 EF15111 EF15112 EF15113
EF15114 EF15115 EF15116 EF15117 EF15118 EF15119 EF15120 EF15121

 第9次形(107〜121号機)

昭和29年7月〜12月にかけて製造されたグループです。 また、後半の118〜121号機は、別ロットによる発注と思われ、本来は別グループとするべきですが、落成年月が9月〜12月なのでこのグループに入れました。
なお、本グループで東洋電機・汽車会社製の121号機のみPS15パンタを装備していますが、これはEF58同様、東洋電機が自社製の新形パンタをいち早く装備した為と思われます。
日立製は正面ナンバープレートの取付位置が左に寄っています。また、3次形以降の同社の特徴でもあった幅広の連結器解放テコは本グループの107、118号機を最後に標準タイプになっています。東芝製は正面通風口の幅が11次形まで標準より狭くなっています。三菱製の119、120号機は引き続き先輪の担いバネと動輪の釣り合い梁を結ぶバネ吊りリンクが丸棒で、それに連結する釣り合い梁も独特の形状となった三菱式です。前燈取付台座は112号機がLP42用で116号機が2枚板が飛び出したタイプ、他はステー式です。

※印…主な特徴です。画像をクリックすると大きなものが表示されます。

 EF15 107〔新鶴見→立川〕
ef5853-EF15107 「EF10とEF13を撮りに行って、EF10は1両(EF1036[東])しか撮れなかった時のもの。このころは、1番ホームから写真撮るのは簡単でした。(1978年頃から入場券が要るようになった)」(EF5853さん)

※正面ナンバープレート左寄り 連結器解放テコ幅広
撮影:EF5853さん  (たぶん)666レ  新宿 1976.9.10
製造年月日:S29.8.19
製造:日立製作所
廃車:S58.2.18
nijinochichi-EF15107
つらら切りは中形で直線的なタイプですね。後ろのヨの姿も何とも懐かしい…。立川区に転じた後、デフロスタを装備した姿です。なお、本機の連結器解放テコは3次形以降の日立製独自の幅広です。
「ED16を撮りに行ったついで。」(二児の父さん)
 
※デフロスタ装備 前燈大 連結器解放テコ幅広
撮影:二児の父さん  拝島 1982.4.11
BIN-EF15107 新鶴見区時代の姿。今は無き東海道貨物線、入江駅で入れ換え中です。デフロスタの無いHゴム改造の前面窓姿は、晩年の最も標準的な暖地形EF15の姿と言えます。
撮影:BINさん  279レ  入江 1978.2.7
 EF15 108〔高崎第二〕
EF15108 この頃は山手貨物線にもその名の通りまだまだ多くの貨物列車が走っていました。EF15の牽く貨物列車も街の風景に溶け込んでいました。つらら切りは中形のようです。
 
※寒地形 正面ナンバープレート左寄り
原宿―渋谷 1980
製造年月日:S29.9.28
製造:日立製作所
廃車:S56.5.8
H-yamaguchi-ef15108 新宿駅で待機する108号機。パンタグラフがPS15になっています。 本機は同じ日立製の118号機(9月9日落成)の次の落成で、本機以降の日立落成機の連結器解放テコは幅広ではなく標準タイプとなっています。
撮影:山口裕志さん   新宿 1980.7.23
 EF15 109〔広島〕→〔東京〕
EF15109 1979年4月に広島から東京に転属した109号機が山手貨物線を行く。原形窓、原形ワイパーにプレート式ナンバーとPS14パンタの組み合わせは関東では既に希少になっていました。
この場所は当時結構お気に入りの撮影場所だったのですが、今ではアウトですね。(^_^;) 夕方6時過ぎなのですが、この5分ほど前に八王子区のEF15(EF60)が牽く下り貨物もあって、効率良く撮影できた覚えがあります。惜しむらくは陽の長い時期限定と言うところ。
671レ(多分)  渋谷―原宿 1979.8
製造年月日:S29.12.14
製造:日立製作所
廃車:S56.2.6
ef5853-EF15109 同機の広島時代です。資料によると同じ日立製の110号機よりなぜかひと月半ほど遅れて落成しています。製造途中で何か不具合でもあったのかも知れません。
「安芸阿賀〜広には鉄橋が2つあります。これは更に広に近い方です。原形窓のきれいなカマでした。」(EF5853さん)
 
※前面窓原形 排障器前端バリ取付 正面ナンバープレート左寄り
撮影:EF5853さん   663レ  安芸阿賀―広 1978.3.19
H-yamaguchi-ef15109 広島区から東京区へ転属、武蔵野線を行く109号機。排障器は広島のEF15に多く見られる前端梁の側面に付いたタイプです。
撮影:山口裕志さん   東川口 1980.7.14
 EF15 110〔長岡(転)〕
ef5853-EF15110 正面の扉の右横に手すりの付いた長岡区独自の形態の110号機。変わっているのは前灯の後ろに避雷器が見あたりませんね。おそらくパンタとモニタールーフとの間にあると思います。つらら切りは標準的な中形、汽笛カバーは高崎の大形タイプです。
「長岡のスタイルですね。ワムの後ろについているのは貨車FAN注目のトキ21500のようです。(初めて気がついた)」(EF5853さん)
 
※寒地形 正面扉横手すり 正面ナンバープレート左寄り
撮影:EF5853さん   772レ  長岡 1979.8.11
製造年月日:S29.10.30
製造:日立製作所
廃車:S55.11.19
 EF15 111〔新鶴見〕
ef5853-EF15111 デフロスタを装備している以外は新鶴見のEF15の標準的な姿の111号機。つらら切りは標準的な中形です。
「機関区解放日に友人と出かけた時に撮ったもの。カマであふれかえっていたここも今では・・・(今でも、新川崎駅ホームには数人テツの姿がありますね・・)」(EF5853さん)
 
※デフロスタ装備
撮影:EF5853さん   新鶴見機関区 1978.11.4
製造年月日:S29.7.20
製造:東京芝浦電気
廃車:S55.12.10
ohno-ef15111 現在、横須賀線が行き来している東海道貨物線を単機で行く111号機。余談ですが東芝製のナンバープレートは上寄りに取り付けられています。 この時点ではデフロスタは未装着です。
撮影:ohnoさん   鶴見―新子安 1977.5.19
東海道線の「SM分離」に伴い運転された建築限界測定列車(いわゆるオイラン)。先頭はDE1112で2両目がEF15111です。トキやオヤ、ナハフに鈴なりになった黄色いヘルメットの職員さんが面白いですね。列車をアップで見てみる
ちなみに「SM分離」とは当時同じ線路を走っていた東海道普通(列車番号M)と横須賀線(列車番号S)を別線にする事をさします。
撮影:jm1xsjさん   保土ヶ谷 1980.3.28
BIN-EF15111 こちらもデフロスタ未装備の姿です。機関士側ワイパーのみWP35に交換されています。
撮影:BINさん  279レ  入江 1976.12.9
 EF15 112〔新鶴見〕
6348-EF15112 東海道に1往復だけ残った新鶴見のEF15の貨物列車の下りです。プレート式ナンバーにPS14AのEF15はやはり格好いいです。つらら切りは一番標準的な中形のものです。前燈の取付台座はLP42用をそのまま利用しています。
 
※デフロスタ装備 正面ナンバープレート上寄り
撮影:6348レさん   1791レ 早川―根府川 1978
製造年月日:S29.8.7
製造:東京芝浦電気
廃車:S58.8.5
Tc153-501-EF15112 「EF15に関しては当時情報に乏しく、私は立川区にEF15がいることすら知りませんでした。そこには絶滅したものと思っていた「ナンバープレート付・首都圏形?」のカマまでおり、えらく興奮した思いがあります。記憶では・・・107(9?)・112・126 が居たはずです。東海道筋にも広島転入組EF15(東京区)がおりましたが、153・157以外は魅力に欠けるもので、青梅線にはED16よりもむしろEF15が気になり赴いたものでした。(それでも3回ほどしか行っていませんが・・・)112号機は前照灯台が他の15と違い特に好みでした。」(Tc153−501さん)
撮影:Tc153−501さん   拝島 1983年春頃
nijinochichi-EF15112
EF58の陰に隠れてずっと脚光を浴びることの無かったEF15も、最晩年になってようやくファンの注目を集めるようになったようです。ヘッドマークを掲げてファンを乗せた列車の先頭に立つ姿はちょっぴり誇らしげです。
撮影:二児の父さん  「EF15スイッチバックの旅号」  立川―日野 1983.6.25
ef5852-EF15112 「昭和58年あたりから 青梅線で長年活躍してきたED16が終焉を迎えることとなりファンから脚光をあびることになりました。 この写真は、ED16を撮影しに行ったらたまたま停車していた112号機を撮影したものです。 他のEF15と比較して正面のプレート式ナンバープレートが上寄りに取り付けられているように思えます。」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん  拝島 1983.3.22
 EF15 113〔東新潟〕
ef5853-EF15113b 同じくEF5853さん撮影の信越本線の海側を行く113号機。やはり15は貨物を黙々と牽く姿が様になってます。
 
※寒地形 正面ナンバープレート上寄り
撮影:EF5853さん   1472レ  青海川 1979.8.10
製造年月日:S29.12.16
製造:東京芝浦電気
廃車:S57.2.27 
 EF15 114〔高崎第二〕
nijinochichi-EF15114
このロット、唯一の川崎製の114号機です。EF15全体を見ても製造メーカーは日立と東芝が主で、川崎や三菱など他メーカーは少数となっています。
 
※寒地形 前燈大 
撮影:二児の父さん   鶴見付近 1980.9.21
製造年月日:S29.10.22
製造:川崎車輌・川崎重工
廃車:S58.7.16 
inakamono-EF15114a 114号機のサイドビュー。新形電機に無い魅力的な姿です。
撮影:田舎者さん   前橋 1982.10
inakamono-EF15114b この当時、上越線の名物列車だったEF12との重連です。
これ、私も一度だけ行きましたが確かえらく朝早かった記憶が…。(その時の写真が行方不明だったりしますが…。^^;)
撮影:田舎者さん   八木原―渋川 1981.3
inakamono-EF15114c 颯爽と上越線を駆け抜ける114号機。本線系のEF15としては身軽な仕業ですね。
撮影:田舎者さん   井野―新前橋 1982.10.17
F-ichiro-EF15114 新製配置の浜松区時代の姿で、原形の前面窓で雪かき器や汽笛カバーも無くすっきりとした印象です。同機はこの撮影の年の5月に長岡第二に転属。以後、東新潟、高崎第二に配置され上越路を中心に活躍しています。
撮影:Fのイチローさん   下り貨物  辻堂―茅ヶ崎 1964.2.29
 EF15 115〔高崎第二〕
1980-ef15115 この頃は現在のEF65のように、首都圏のあちこちでEF15の姿を見ることができました。同機のつらら切りは中形で丸いタイプ、汽笛カバーは小形の新形電機と同様のタイプ(東新潟形)です。
 
※寒地形
恵比寿 1980
製造年月日:S29.9.10
製造:三菱電機・新三菱重工
廃車:S58.2.18 
 EF15 116〔新鶴見〕
6348-EF15116 こちらも東海道線の新鶴見区のEF15の貨物列車の上りです。上りは夕方で光線状態が厳しかったですね。同機のつらら切りは中形の丸っこいタイプのものです。また、前燈の取付台座が2枚で飛び出したタイプとなっています。
撮影:6348レさん  1790レ  早川 1979.2.12
製造年月日:S29.12.10
製造:三菱電機・新三菱重工
廃車:S56.3.23
inage-EF15116 「当機は首都圏タイプで特長がありません。」(N.Inageさん)

※前燈小 
撮影:N.Inageさん   新宿 1978.9.15
 EF15 117〔甲府〕
hiramatsu-EF15117 こちらはリンクでもお世話になっておりますS.Hiramatsuさん撮影の身延線を行く117号機です。
「沼久保−芝川あたりでしょうか、なにせ20年も前で記録がなくてすみません。」(S.Hiramatsuさん)
撮影:S.HiramatsuさんPassenger Cars Room   沼久保―芝川? 1979.5頃
製造年月日:S29.8.17
製造:東洋電機・汽車製造
廃車:S56.10.12
ohno-ef15117 新鶴見区時代の117号機。同機はこの後昭和52年2月に東京、昭和54年4月に甲府へ転属しています。
 
※正面ナンバープレート上寄り
撮影:ohnoさん   駒込 1976.6
 EF15 118〔甲府〕
murakichi-EF15118 「EF15は、ほとんど撮影対象には入っておらず、これも旧国撮影の合間に「たまたま」来た貨物でした。」(Murakichiさん)
旧国やゴハチの陰に隠れてEF15はやっぱり地味でしたからねぇ…。(^^;)
 
※寒地形 連結器解放テコ幅広 前燈小 
撮影:Murakichiさん   源道寺付近 1981.8.8
製造年月日:S29.9.9
製造:日立製作所
廃車:S59.1.12
nijinochichi-EF15118 晩年、上越地区から転属してきた機関車はスノウブロウを外すことなく運用されています。 なお、本機は同じ日立製の107号機と108号機の間に落成しており、日立製の3次形以降の特徴でもあった幅広の連結器解放テコは本機が最後になっています。
撮影:二児の父さん   撮影地不明(身延線のどこかの駅) 1981.7.26
 EF15 119〔東新潟〕→〔高崎第二〕
ef5853-EF15119 「「あー来ちゃった!」というのがもろバレです。情けないですがとりあえず・・・。」(EF5853さん)
 
※寒地形 東新潟形汽笛カバー 正面ナンバープレート上寄り
撮影:EF5853さん   1496レ  鯨波―青海川 1979.8.10
製造年月日:S29.12.10
製造:三菱電機・新三菱重工
廃車:S55.10.13
H-yamaguchi-ef15119 昭和54年9月に東新潟から高崎第二区に転属。翌年の55年10月には廃車となっているので同機の高二での記録は珍しいかも知れません。同機の汽笛カバーは東新潟区独自の小形のものです。
撮影:山口裕志さん   東川口 1980.5.25
 EF15 120〔竜華〕最終配置
shinohara-EF15120 大阪の新幹線公園内に保存されている120号機の近況を篠原さんよりお送り頂きました。
形態的には原形窓に左右とも原形の腕折りワイパーですが、機関士側が直線式の取付位置になっているのが変わっています。

※原形前面窓 排障器前端バリ取付
撮影:篠原さん   新幹線公園(大阪府摂津市新在家) 1999
製造年月日:S29.9.7
製造:三菱電機・新三菱重工
廃車:S58.1.29
ohno-ef15120a 原形窓、原形ライト(厳密に言えば違いますが)姿も美しい120号機。面白いのが機関士側ワイパー(たぶんWP35)取付位置が窓下中央になっている点です。おそらく原形窓の同機は平行腕のWP35を窓上部に取り付けるにはつらら切りと窓との間隔が狭すぎた為、下部に取り付けたのではないかと思われます。
撮影:ohnoさん   和泉府中 1978.3.15 
ohno-ef15120b シールドビーム2燈に改造後の同機です。ちなみにこの改造は昭和54年1月に鷹取工場における要部検査で行われています。上の保存状態の写真とはワイパー形態から逆エンドだと思われます。
撮影:ohnoさん   御坊 1979.8.14
 EF15 121〔高崎第二〕
ef5853-ef15121 「いわゆる東新潟スタイルのカマですね。露出もさることながら一番最後のコマだったせいか状態がよくないのが輪をかけてます(T_T)」(EF5853さん)
傷など多少修正しましたので少しは良くなったでしょうか??
 
※寒地形 東新潟形汽笛カバー 正面ナンバープレート上寄り

撮影:EF5853さん   3783レ  長岡 1979.8.9
製造年月日:S29.12.10
製造:東洋電機・汽車会社
廃車:S56.8.27
H-yamaguchi-ef15121
お召し整備入場で大宮工場に無動で向かうEF5861を連結した同機。東洋・汽車による製造機の正面ナンバープレートは上寄りに付けられているのが特徴です。

撮影:山口裕志さん   新宿 1980.9.3
本グループでは本機だけがPS15パンタグラフを装備していますが、これは同じ東洋電機・汽車会社製のEF58の86、87号機と同様に、当時のパンタグラフ主要製造メーカーであった東洋電機が自社製の新形パンタをいち早く装備した為と思われます。EF15でPS15が採用されるのは2年半後の昭和32年製の第12次形からとなります。

撮影:佐々木さん   長岡 1977.3.1

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