昭和26年12月〜昭和27年3月にかけて製造されたグループ。このグループよりさらに各部の標準化が行われましたが、2次形からわずか半年ほど後の落成でまだまだ4次形以降の標準的なタイプとの過渡的なものとなっています。なお、本グループまで三菱製の従契約社は中日本重工名義になっています。 前グループからの変更点としては標識灯が埋め込み式になり、運転席側窓の水切りが全機標準タイプに、機関助士側の側窓が機関士側と同タイプの2枚分割式に変更され(但し川崎製43〜45号機についてはサイズが2次形までと同じ小さいサイズ)、砂箱の数も動輪に対して2個取付となっています。砂箱の形状は本グループまで川崎製は独自の小さいタイプです。正面通風口は標準の6段ヒダの物と前グループのガラリ形4段の物との過渡期となっており、川崎製の43〜45号機については後者となっています。 日立製の12〜15号機は同じ日立製前グループの9〜11号機と同じくモニタールーフ小窓が標準より1枚多い6枚で、次グループの47号機までこの仕様です。つらら切りは日立独自の大形で外向きのタイプです。また、連結器解放テコの形状が本グループ以降、第9次形107、118号機まで同社の特徴の幅広タイプになっています。なお、12、13号機のみ前面扉の形状が1次形と同じ縁取りのあるタイプで、その窓も他に例を見ない幅が広く四隅にRがある変形となっています。また、助士席側(向かって左側)の通風口に干渉する正面昇降段の最下段が足かけ部分のみ左に延長(逆Fの字)された形状で、これは5次形まで見られます。 デッキ形状は日立・三菱共に標準タイプになりましたが川崎製の43〜45号機はまだ1次形川崎タイプのデッキとなっています。但し前端バリ側面のブレーキ管の配置のみ標準形になっています。こうして見ると川崎製の仕様変更の遅れが目立ちます。枕梁の端面形状は標準ではEF58同様日立製は長方形でそれ以外が逆台形ですが、本ロットでは川崎製のみ逆台形になっています。 なお、三菱製の37〜39は正面通風口の助士席側の取付位置が日立製や後の標準よりも更に右に寄っており、すぐ横にある正面昇降段の最下段がそれを避けて手すりではなく台形状の鋼板製のステップになっています。これは本グループのみに見られる形状です。また、1次形の23年製の24,25号機から引き続き、先輪の担いバネと動輪の釣り合い梁を結ぶバネ吊りリンクが丸棒で、それに連結する釣り合い梁も独特の形状となった三菱式です。つらら切りは前グループから引き続き、後の標準タイプと比べると側面が丸みを帯びた独特の形状で、これは10次形までこの形状です。 屋根上の主抵抗器室カバーはまだ全機両エンドとも同じ大きさですが、1次形と同じ形状だった三菱製も中央寄りの端部が垂直になりました。新製時の先輪は全機プレート式です。なお、日立製の12〜15号機の正面ナンバープレート取付位置は同社2次形同様、左に寄って取り付けられています。対して川崎製は前ロットから引き続き上寄りの取付位置となっています。 前燈の取付台座は14,15,44,45号機が2枚板の飛び出したタイプ、他はステー式となっています。 ※印…主な特徴です。画像をクリックすると大きなものが表示されます。
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