昨日、久方ぶりに品川駅に立ち寄り、いつもの通り「お好みそば・うどん」を 食すべく東海道線下りホームに行ってみると・・・・ 「あれっ?ない!」 お店が綺麗さっぱりなくなっておりました。 まだ新しいアスファルトの跡が、そこに常磐軒の店があった事を残すだけでした。 品川駅には他にも常磐軒の店はあるのですが、具入れ放題をやっていたのは 東海道線下りの店1軒だけでしたので・・・ 山手線ホームの常磐軒に入って品川丼を食すついでに聞いてみると、12/10を 最後に閉店、翌日直ちに撤去されたとの事でした。 私にとっては、高校時代に965レ(EF15[東])から荷38レ(EF58[浜])までの 品川のゴールデンタイムに欠かせないお店であったのですが・・・・ どこかであのシステム継続して欲しいものですけれど。 ちなみに東京機関区・品川客車区跡にはもはや建物は一つもありません。 とても悲しい年の暮れでありました。
P社58モデルの左右(前後)台車高さに相違ありとのことですが、これは バネ調整の不足が原因ではないでしょうか? SLと違いEFの軸箱を可動にした場合、第1軸と第2軸間の枕梁に荷重を 掛けると、荷重分配装置がないと第3軸に掛かる荷重が少ないため、第3軸 が浮き上がってしまいます。 所有のP社58モデルを検証したところ、青大将機の1次製品は、第1軸 と第2軸、第2軸と第3軸間に枕梁があり3軸均等に荷重がかかるように なっています。 また店頭のみで販売された2次製品仕様のブルトレ塗装機は、枕梁は第1 軸と第2軸のみにあり、主台車後端に簡単な荷重分配装置があって、これに よって均等に荷重が掛かるようになっています。 塗装については両車とも塗り分けラインに歪みや滲みはなく、大変キメ の細かい塗料で吹き付けられています。勿論前後台車の高さに相違はあり ません。 一方天のTA機構は第1軸と第2軸はイコライザーで結ばれていますが 第3軸は左右にローリングする機構なので、通常の枕梁の位置でも第3軸 が浮き上がることはありません。 このTA機構の58は牽引力に問題があり、金属製フル編成の「つばめ」 を牽引することが出来ません。(マイ・マイテはモア製) TAではない軸箱可動式の天58の荷重分配装置はどうなっているの でしょう?
EF5861再生産 だそうです。プロトタイプはどうやら60号機と同じ頃みたいです。 んなこと言われても今あるヤツどうしろと。 まぁ、61号機はパスです。 EH101号機どうしよう(笑
EF5853様 こちらこそご無沙汰しております。 60号機予約されたんですね〜。。。。。羨ましい^^;; 雑色の品質に期待が持てない今となっては銀座には更に頑張って欲しい のですが、カンタムって方向に行っちゃって。。。。。 因みに大阪千林の模型店”きりん”さんに委託で銀座の宮原大窓ヒサシ が出ていますが、まだ売れていないみたいです。不景気なんですね。 本は。。。実は掲載されている製品の某メーカーの方からゴハチ本の話 をちょっと聞いていたのですが、聞いてから出版されるまでの期間の 短い事といったら正直驚くばかりです。そんなもんなんでしょうか。
違う方からお返事頂けるとはw EF−18様) ご無沙汰です。ご説明有り難うございます。 塗装は難しいですよね。某店のスーパーディテール模型もそうですが、 ちとテカリすぎると模型くさくなってしまい、少し違和感を覚えます。 >左右の台車枠の高さが違う これ、よく気が付かれましたね。あ、側面から見れば「左右」は隣り合ってる のですぐ解るのか・・・? ちとそれはお粗末すぎるのでは?絶対走行性能に影響はあるでしょうね。 かくいう当方、天の今回の60号機は予約しております。これでようやく61号機 とバランスが取れるようになります。 本ですが、買いました。 同じ日に同じ場所で撮っている写真があったりしてw かなり急いで作ったような感じは受けますねー。 当初のスケジュールにはなかったのではないでしょうか。
ピノチオのゴハチは毎回韓国工場が変わるらしくて品質が安定していません。 とりあえず第三段の製品が今回の最新製品を含めて最も安定した製品でした。 最新製品を手にとって見たことはありませんが、ショーケース越しに見た感じ では。。。。。。 ・ハメコミ窓がきっちり嵌っていない車輌が散見される。 ・塗装が厚過ぎるのかロストが粗悪なのか、その両方なのかディティールが 潰れた製品が目に付く、と言うか、目に余る^^; ・相変わらず鉢巻ライトじゃない車輌すら鉢巻。 ・台車枠ですが、左右の台車枠の高さが違う。走行性能に何らかの悪影響が あるのでは、と気になります。 ・それ以外にも塗り分け線滲み、細かい造作への疑問点など挙げればキリが ないというのが実際でしょうか? 実のところ私も某模型店に予約を入れていましたが、ある問い合わせから 始まったメーカーの杜撰な対応がきっかけで結局キャンセルしました。 私はもう2度とこのメーカーの製品を買う事は有りません。 それと最近某出版社からゴハチ本が出されました。正直なところ、賛否両論 あると思いますが、真っ向否定な仕上がりに辟易します。どうすればこれほど 酷い印刷で出版できるんでしょうか? ある模型インポーターが言っていました。ゴハチは金になる、と。 どちらも品質より金勘定が見え隠れするキナ臭い事例ですよねぇ。
こんにちは。のりくらです。 KATOのNゲージでEF15が高二の仕様で製品化されますが、 生産予定表のところをみるとEF16の製品化もアナウンスされていますね。喜! EF5835や高二のEF15の後ですから福米型ではなく上越型なのでしょう。 喜ばしい話ですね。
久方ぶりにカキコします。 eh500kintarouさま) 初めまして。 >台車の造りが、最近の製品に比べると造りが悪すぎます とのことですが、どこがどうなのでしょうか? で、貴殿が最近の「良い」とお考えのものはどこのものでしょうか? 画像掲示板も管理人さんが用意されてますので、是非投稿をお願いします。 弊方気になっておりまして是非参考にしたいもので(^^;;
EF58型を購入しましたが、足廻りがいまいちな製品でした。台車の造りが、最近の製品に比べると造りが悪すぎます。車体は、まあまあです。20万以上の製品の価値はないと思えます。
10月20日にEF5866を購入しますが、ある模型店で製作ミスがあるから止めたほうがいいといわれました。手すりの位置が違うように見えますがただしでしょうか。 。
>管理人さま 無沙汰しております。 管理人さまが平成20年12月30日にお尋ねの件ですが、昭和58年9月に発行された鉄道ダイヤ情報1983No.20秋号の P.48〜P.49に身延線の貨物列車は甲府機関区のEF15が担当している旨記載されているのでお知らせいたします。
はじめまして。 以前には他掲示板にて「みずほ」のHNで書き込みしていました。 近年は細々とNゲージを収集していましたが、今年になって16番ゲージの趣味を復活しました。 バイクツーリング用品に凝っていたため、資金集めのために、以前所有していた車両はカニ24ペーパーキットを組立た物以外は全て売ってしまい、ゼロからのスタートです。 当面は天賞堂のEF65PFブラスベーシックシリーズと、KATOのユニトラック線路、パワーパックを揃えて細々と楽しんでいます。 牽引する客貨車がまだありませんが、久しぶりに手にしたブラスの機関車は感動モノでした。 さて、本掲示板を始め、他の巨大掲示板などにおいて、16番ゲージのEF58のことが話題になっているようです。 私も国鉄時代の山陽本線の再現を意識していますので、荷物列車牽引機としてEF58は是非とも押さえたいアイテムです。 最近では天賞堂からカンタムサウンドシリーズのダイキャスト製が発売されましたが、私としてはブラス製で揃えたいところです。 年末発売予定の天賞堂60周年記念商品のEF5860お召し予備機がとても気になっています。 試作品を見ると台車などに磨きだしの表現がされるようであり、荷物列車を牽引させるには派手すぎる気もしますが、それでも是非手に入れたい逸品となりそうです。 そうすればキット制作も復活させて荷物列車の再現を、と意気込みたいところですが、私の財政事情では多分買えそうにありません。 まずは資金集めから始めなければならないようです。
みなさまはじめまして、イゴナナと申します。 今回のエラー残念です。132号機を買う予定でしたので。 第3弾の157号機持っていますが、ピノチオさんのEF58ってすごく 走行性能いいんですよ。耐久性もありますし。 早く修正して発売して欲しいですね。
うわー。何と!まさかそんな大きなダウトがあろうとは…。 オデコカーブどころじゃないですね。(^_^;)
昇降手摺長さが。。。。。。短いのが誰が見ても。。。^^; 冗談にもならないですよね〜
>EF-18さま ん〜…。これ見る限りオデコカーブが60号機っぽいところでしょうか?
http://www.imon.co.jp/web/new/pn8230.jpg ピノチオのゴハチが発売されたようです。 んで、上のリンクをご覧頂ければ此処の方々は直ぐにお判りでしょう。 61号機、なんですが。。。。。。 やっちまったなぁ〜 (クールポコ最近見ないですな)
何だかこんな題名ばかりで申し訳ありません。 公私ともにバタバタしてましてなかなか更新作業もできずにおります。(^^;) 以下超遅レスです。 >コグさま 初めまして。 原形小窓については修正されているようですね。個人的には上越形はなかなか 良い感じに思えます。(実物は見ていませんが…^^;) >takenokoさま 初めまして。今後ともよろしくお願い致します。 お尋ねの件については既にクモイ103さんが詳しくお答えなので、 取りあえずご挨拶のみで。 模型の世界では古い物になればなるほど、形態以上に色に関しては色々と難しい 内容が多いようですね。また、何かありましたらお気軽に書き込み下さい。 >クモイ103さま 詳細な解説、ありがとうございます。勉強になりました。 今後とも、ぜひ色々とご教示下さい。 >LA15Bさま う〜ん…。のりくらさんもご指摘されてますが、切り抜き文字だと、どの 機関車からの物でも組み合わせでどうにもできてしまいますからねぇ…。 雰囲気を楽しむなら良いんでしょうか。 >のりくらさま > 東海道ビニロックフィルタタイプが出たので買ってきました。 早速ですね。個人的には上越形がちょっと気になるところですが、実機を 見てないので何とも言えません。と言うか予約で完売ですかね。 基本的には模型には手を出してないのですが、なぜか我が家にあるEF16 (真鍮とプラの各種)と協調するかが気になります。と言ってもレールも 無いんですけど…。(^_^;) >EF5853さま ご無沙汰してます。 EF64の基本番台って、各地で活躍した割には弟分の1000番台と比べても なぜか地味な存在ですよねぇ。 EF62やEF63が何両もの保存機があるのに比べると何だか不憫ですが、 そのポジションこそがロクヨンらしいとも言えましょうか…。(ロクヨンファン に怒られるかな) > kobanekoさんが消してしまった掲示板データが残っているかも・・・と思って > トライしてみましたが、2001年3月までしか出ませんでした。 こんなサービスがあるんですねぇ。 昔のトップページとか見ていたら懐かしやら恥ずかしいやら…。 >EF-18さま > 157ですが、噂では原型小窓&茶色化されるとか。。。。。 そうするとイゴマルと同形態になってしまうのが、かえって惜しい気も します。あえてノーマルなゴハチ晩年のHゴム窓姿で残す事も後に「ゴハチは 色んな形態があった」事を伝えるには良い存在になるような気がします。 >南コツさま 初めまして。今後ともよろしくお願い致します。 私も過去のフィルムのスキャン作業をちまちまと行っているところですが、 当時の撮影記録を紛失してしまった事もあり、当時の運用面については 忘却の彼方…。今になって当時の資料をネットで探す日々です。(^^;) 私は当時東京の中央線沿線に住んでいたので、東海道と言うとほとんど都内 での撮影が多く、年に何度か憧れの根府川近辺に出かけるくらいでした。 その頃の東海道(小田原以遠)は朝のブルトレにはじまり、荷レのEF58、 貨物のEF60、EF65、EF66、EH10、それに件のEF15とホントに一日線路端に 居ても飽きませんでしたね〜。フィルム代を節約してあまり撮影できなかった のが今思えば残念でなりません。 それを思うと今のデジカメってホントにありがたいですね。 夏の夕暮れ、夕日をバックに上っていくEF15貨物がその日の撮影の終わり を告げる存在でした。 >臨A1さま こちらこそご無沙汰しております。 昨年は大井でのロクイチ展示がありましたが、今年はそれすら無く、 ホントに静かな夏でした。2006年の熱い夏がたった3年前の事とは 思えないほど遠い過去に思えます。 さてさて、ついにブログを始められたのですね。 素晴らしい記録の数々、これから楽しみであります。 画像板の方ですが、かつてのスパム書き込みのIPと一部重なっていた関係で ご迷惑お掛けいたしました。 修正しておきましたので、今度は問題ないかと思いますので、 よろしかったらお試し下さい。
大変ご無沙汰をしております。 朝晩と涼しく秋らしい季節となりましたが、 まだまだ暑いですね。 皆様、如何お過ごしでしょうか? ゴハチが動き… 熱い日々なら大歓迎ですが、 今後の動きも不明で寒い日々が続いております。 そんな熱い日々の記録?としてブログなんぞを開設してみました。 公開しなければ、確実に記憶の彼方から闇に消え去る過去の画像を 毎日更新目標でUpしています。 撮影日等の記録不詳も多く記録として不完全ですが、 お暇な時の時間つぶしにどうぞ ご指摘、ご教授大歓迎です。 http://blog.goo.ne.jp/ef58-60 kobaneko様 宣伝となってしまいましたがお許し下さい。 画像板の方で投稿と思いながらも… アク禁状態ですので、こちらへご挨拶させて頂きました。 では、失礼いたします。
こんにちは、のりくらです。 東海道ビニロックフィルタタイプが出たので買ってきました。 塗装はきれいです。ダイキャスト特有なぼってりした感じもなく、 流麗な形はかなりのレベルで再現されているといってよいと思います。 前面窓下辺のRも正しい形に直っています。 パンタグラフ(PS15)は上がりすぎかもしれませんが、形は○です。 サウンドは結構な迫力があります。 説明書によると150号機のものを使っているとのことです。 一般的な吊りかけのイメージよりかなり重々しい音です。 その他のディテールでは、 避雷器の配線が表現されています モニタの吊環は一体成型です スノープラウ角度調整シリンダが表現されています(天賞堂初???) 要改善点としては、 前面窓のはめ込みガラスが、断面のチラツキが光って目立つこと (機械室のガラスはそうでもないのに) 台車のプラの質感がイマイチなこと 車輪が黒染めとはいえ無塗装なこと です。ガラスの質感はDD51でもそうでしたが、 平面性も含め天賞堂の中国韓国製品の課題ですねぇ。 結論としては、65,100円という値段を考えると、 大いに「買い」な模型だと思いました。 ただ、プラEF57に3万円足すだけで音が出る、 というのを考えるとEF57を買った身としては複雑なところもありますが。 付属ナンバーは以下の通りです。 ・茶色原型 111 119 125(いずれも川崎) ・青色原型フィルタ 146 148 154(いずれも東芝) ・青色ビニロック 139 142 145(いずれも日立) ・上越 121 134 137(いずれも日立) ・89と150はそのまま
はじめまして。 貴ホームページを拝見して、全ナンバーが完集されていて驚きました。 かつてEF58,EF15の写真をずいぶん撮った思い出があったので、 自分の写真の棚卸を約25年ぶりにしてみました。 写真を撮っていたのは昭和52-56年(1977-81年)で、 EF15も58も廃車まであと数年の時期になります。 小田原に住んでいたのでEF58は宮原、浜松、米原区が主ですが、 高崎2区に写真を撮りにいったりして結構バラエティーに富んでいます。 棚卸をして、初めてナンバー別に並べて見たら EF15は21,59,72,77,93,100,102,122,131,144,146,159,168,173,176,185、199 EF58は5,25,29、42,44,45,48,55,68,78,80,83,91,98,99,110,118,120,121, 124、125,138,140,142,155,156,158,162,163,166 と結構あって自分でも驚きました。 撮影開始した昭和52年は、高千穂桜島など「旧客車+EF58」が すでに廃止されておりましたが、それでもEF58は20系銀河、特急いなば 紀伊、荷物、12系臨時などで活躍中でした。 当時は小田原で早朝上りのEF65500のブルートレインの撮影のかたわら、4-6本は EF58が撮影できたものでした。 一方EF15は当時すでに珍しく、新鶴見区の1運用があるだけで 最初見たときは茶色の旧車体に驚いたものでした。 もし当時の東海道すじの思い出がある方が居られたら 教えて下さい。
こんばんは。 下記サイトで、 http://www.archive.org/web/web.php kobanekoさんが消してしまった掲示板データが残っているかも・・・と思って トライしてみましたが、2001年3月までしか出ませんでした。 うーん、残念。
コグさま) 情報有難うございます。 そうですか、18号機が保存されているのですね。 佐久間レールパーク、一度行っておいた方がよさそうですね。 あとで後悔しなくて済むように・・・・・
157ですが、噂では原型小窓&茶色化されるとか。。。。。 ロクヨン2号機は全検入れて直ぐで惜しかったのか、貨物に 引き取りオファーしたが即効断られたとか。。。。。 火の無いところに煙は立たないそうですが、はてさて。
東海のEF64は、2と35が共に今年の1月に解体済みです。 ユーロ色の35にしても、 岡山にいたトップナンバーもなぜ保存されなかったのか 理解に苦しみます。お金がないならとりあえず津山で保管 という手もあったのではないかと。 勝沼駅前には18が展示されていますが、屋根がないので、 何時まで持つことやら。
こんにちは。 JR東海博物館(仮称)の明細が正式に発表になり、展示車両明細も出てきました。 電気機関車ではED112、ED182、そしてEF58157です。 EF64はかわいそうに、ここでも保存がありません。下手すると1台も残らない 可能性がありますね。 http://jr-central.co.jp/news/release/_pdf/000005597.pdf
こんにちは。 LA15B様指摘のプレートですが、 おそらく並び替えただけ、なのではないかと想像します。 EF58ものがたりの220ページに、EF58128と2カ月違いで 同じメーカから出場したEF58132のプレート写真がありますが、 特に8の書体(太さ)が全然異なります。 また、文字の並び方がほぼ均等で、 大げさに書けばEF 58 128となるべきところがなっていません。 台座の鋼板らしきものもチャネル状になっている点からも、 機関車オリジナルの鋼板ではなく、文字も並び替えの公算が大だと思います。 ただ、出品者の方の文章を見る限り、悪意があるようには 見受けられません。 あとこれにいくら出すかは購入者の価値観によると思います。 「日本国有鉄道」の銘板もかなりの数のレプリカが本物の顔をして 出回っているようですが、どういう気持ちでそれを持つか、 そしてどんなものにいくら出せるかはその人次第のように思います。
皆様お久しぶりです、先日 こんな物が放出されてました。これは本物ですかね? 本体の色がおかしいような気もしますが。↓ http://page10.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/m68021853#enlargeimg
クモイ103様 たびたびありがとうございます。 塗色の規程はすぐに施行されなかったのですね。3年間ほどの猶予があったとは思いませんでした。 なるほど、はくつる牽引は当初は東京機関区だったのですね。その頃はまだ東北縦貫線は繋がってい ましたから、品川区の車両が東北上越系統を受け持っていてもおかしくありませんね。 クモイ103様に言われるまで繋がっていたことを忘れていました。 (ちょうどその頃だったと思いますが、熱海から高崎行きだったかな?の列車設定があったとどこか で見たことがあります。東海道から直通したり、品川始発の列車もあったかと思います) つい、最近の運転系統で考えてしまうのはいけないところです^^; つばめ牽引機は、ぶどう色の初期型です。C62が元々好きで、C62とセットで購入したので、客 車が2007年に出たつばめセットなので。 青大将色もいいですね^^ うちには現在、61号機、62号機、148号機が在籍しています。 うちでは61号機はオリ急牽引指定機となっています^^; そうすると、青大将機、標準色機(上越型)も増備したくなりますね。旧客はたくさんあるので 釜があればいろいろ出来ますし^^ 特に32系、43系、44系、61系客車のどれでも良く合いますし。 各形式で1編成くらいは出来てしまいます^^; つまらない質問にお付き合いいただき有難うございます<m(__)m>
takenoko 様 お役に立てた様で幸いです。 一つ、私の舌足らずのために誤解を招いている?部分がありますので補足します。 ゴハチ及び60以降の直流電機の新塗色が規定された「車両塗色及び標記基準規程」ですが、 これは昭和39年に示達されたものの、その時点では施行されず、昭和41年4月1日の施行まで 寝かされていました。その間は、旧来の「車両塗色及び標記方式規程」(昭和34年6月23日 制定・施行)が生きていたのです。 その旧規程の39年以降の変遷が未調査のため、ゴハチの特急色が規程上いつまで有効だったのか、 今のところ自信を持って言えません。平日に鉄博へ行く機会があれば調べてみたいと思います。 「はくつる」を特急色のゴハチが牽引したのは、当初客車の受け持ちが品川で、牽引機も東京機関区 が担当したためです。貸し出しではなく、れっきとした所定運用でした。 雑誌の写真キャプションによれば、特急色の他、61号機が充当されたこともあったそうです。 東北本線の列車を品川で受け持った理由は、当時まだ特殊な高級車両だった20系を、 実績のある品川区以外に受け持たせることが不安視されたのか、または既存の東海道系統の列車と 予備車を共通化するためだったのかも知れません。 登場1年後の昭和40年10月、客車は尾久区に転属、機関車は宇都宮区に担当替えとなりました。 つばめ牽引機のゴハチも買われたという事は、いわゆる「青大将機」でしょうか。 これは時代考証にこだわった上でも、いろいろ変化をつけて楽しめますよ。 まず、青大将機は両数に余裕があり、日常的に東海道の急行や普通列車にも運用されていました。 またその時代、高崎線の普通列車で1日1往復だけ東京直通(始終着駅は年代により新橋あるいは 東海道方面のもっと遠くと変遷あり)があって、東京区のゴハチが高崎まで牽引していました。 この運用に青大将機も時々充当されていた様で、なんと秋葉原駅構内で脱線事故を起こした記録まで あります。 さらに、青大将「つばめ」「はと」が消滅した後の昭和36〜37年頃、東海道から一部のゴハチが 高崎線へと転用された中に、2両の青大将機(41号機、52号機)がありました。上越線の急行列車の 先頭に立ったこともあるようです。
クモイ103様、はじめまして。 早速の回答有難うございます。こんなに早く回答をいただけるとは思っていませんでした。とても嬉しいです。 国鉄の塗色規程からの推測、とても興味深く読ませていただきました。確たる証拠はありませんが、まったく その通りだと私も思いました。解説本を読んでいるように楽しく読みました。 工場入場時に塗色変更がされるのは古今同じ、規程が変わった(通達が出された)ところの入場車両から順次 塗り替えられていったことは想像できます。いくら20系が初の固定編成客車とはいっても、編成単位の入場 はしませんから、当然入場後の車両と入場前の車両が編成を組んでいたこともあると思います。 クモイ103様に言われて、私もそう思いました。 具体的には、昭和38年辺りはほぼ間違いなく"混結"されていたのではと思います。 昭和37年の通達で客車が塗装され、昭和39年にゴハチが直流機標準色に塗色変更された、と いうことは、一度にすべての塗装が行なわれる訳はありませんから、昭和39年の6月くらいは まだ特急色であったでしょう、客車も順次塗装されていきますが、当然この時期はゴハチと20 系は入り乱れているはずで、いうことですね。 おかげで自信を持って走らせることが出来ます。有難うございます。 ちなみに20系のテールマーク(サインが正しい?)を、オプションでつるぎやゆうづるなども あるパーツも一緒に購入しました、現在ゴハチは148号機にしています。 こちらのサイトなどで、上越線、東北線への東京機関区所属車の貸出し運用があったとのコメン トがありましたが、クモイ103様もはくつるを特急色が牽引している写真をご覧になっている ようなので、東海道の運用だけでなく、東北上越運用にも就かせてしまっても問題ないでしょう か? ここ数ヶ月でゴハチのかっこよさにすっかり魅入られてしまいました。 つばめの編成も好きで持っていましたので、つばめ牽引機のゴハチも一緒に買ってきました^^; 皆様の知識の深さにただ感服するばかりです。有難うございます。たびたびの質問すみません。
takenoko 様、はじめまして。 管理人様、皆様、ご無沙汰しております。 「客車屋」のクモイ103です。 結論から言いますと、床下が黒・灰色混結の20系客車を、特急色のゴハチに牽かせることは、 時代考証的に「有り」と言えそうです。 20系客車の下回りがいつから黒になったかは、皆さんよく写真から推測されている様ですが、 ちょっと視点を変えて、塗色規程から攻めてみたいと思います。 国鉄は巨大な「役所」ですから、いろいろ細かな事までいちいち文書化されていました。 ************************ 昭和34年6月23日 総裁達第318号(車両塗色及び標記方式規程の制定)より 第8条 客車の車体外部の塗色は、ぶどう色2号とする。 第9条 前条の規定にかかわらず、次の各号に掲げる客車の車体外部等の塗色は、 当該各号に定めるところによる。 (1) 特別急行(つばめ、はと)用客車 車体外部の塗色は、淡緑5号とする。 (2) 特別急行(あさかぜ、はつかり)用客車 車体外部の塗色は青15号とし、あさかぜの台ワク以下は灰色2号とする。 (3)(以下略) ************************ この当時、20系客車の運用は「あさかぜ」だけでした。しかしその後「さくら」「はやぶさ」と 順次使用列車が拡大するのに伴い、規程の文章も改定されて、「あさかぜの台ワク以下…」の ところに「さくら」「はやぶさ」が順次追加されていきました。 (「つばめ」「はと」「はつかり」に関する部分は、当然ながらその後削除されています。) しかし昭和37年9月26日、第9条は全面的に書き直されます。 ************************ 昭和37年9月26日 総裁達第456号(車両塗色及び標記方式規程の一部改正)より 第9条 前条の規定にかかわらず、特急形客車及び観光団体専用列車用客車の車体外部の塗色は 青15号とし、クリーム色1号の飾帯をつける。 (注)「特急型」とは、特別急行用としての構造及び性能を有する車両の車両形式をいう。 以下各車種において同じ。 ************************ よく見ると、「台ワク以下」のくだりが姿を消しています。 塗色規程が改定され、車両の塗り替えが必要になる場合、たいてい工場入場時に実施されました。 ここからは推測ですが、20系客車も、これ以降工場に入る度に下回りを黒く塗り直されたのでは ないでしょうか。 一方、ゴハチの特急色は昭和35年登場との事ですが、塗色規程に現れたのは昭和36年1月14日です。 この様に、新しい塗色の車両が登場した後、規程が後追いで改正されるのは、実はよくある事でした。 ************************ 昭和36年1月14日 総裁達第17号(車両塗色及び標記方式規程の一部改正)より 第5条 前条の規定にかかわらず、次の各号に掲げる電気機関車の車体外部の塗色は、当該各号に 定めるところによる。 (1) 特別急行(さくら、あさかぜ及びはやぶさ)用電気機関車車体外部の塗色は青15号とし、 下端はクリーム色1号とする。 (2) EH10形電気機関車 車体外部の塗色は、黒とする。但し、車体前オオイの塗色は、灰色2号とする。 ************************ ちなみにEH10の「灰色2号」は、昭和38年3月27日、「ねずみ色1号」に改正されています。 昭和41年4月1日、国鉄の新しい文書体系による「車両塗色及び標記基準規程」が施行され、この時点 ではゴハチ以降の直流電機の新塗色が規定されています。 ************************ 昭和39年7月30日制定(総裁達第512号) 昭和41年3月15日一部改正(工達第1号) 昭和41年4月1日施行(3月15日工達第3号) 車両塗色及び標記基準規程より 第5条 前条の規定にかかわらず、次の各号に掲げる電気機関車の車体外部の塗色は、当該各号に 定めるところによる。 (1) EF58(EF5860及びEF5861を除く。)、ED60、ED61、EF60、EF61、EF62、EF63、EF64及びEF65各形式 直流電気機関車 車体外部の塗色は、青15号とし、警戒色は、クリーム色1号とする。 (2) (以下略) ************************ しかし、それまでずっと「特急色」が続いていたのかどうか、手元の資料では判りませんでした。 ただ、少なくとも39-10改正で登場した「はくつる」を特急色のゴハチが牽いている写真を見たような 記憶がありますので、前記20系客車の床下塗色が変更された時期には、特急色のゴハチは存在した筈と 思います。従って、「有り」と判断しました。
はじめまして。EF58のことをいろいろ調べていて来ました。 実は、KATOのEF58の特急色が縁あって手元に着たので、客車が無いのはかわいそうだと20系を買えるだけ 買ってきたのですが、現行品に近い20系は床下が黒となっていますが、特急色はグレーだと思います。 客車が床下黒だった場合、牽引しているのはおかしいのでしょうか? おそらく最初はグレーで落成して、のちに黒に塗られていったと思うので、過渡期には客車自体も黒とグレーが 混じっていたのでしょうか? 客車も中古で揃えたので、一部のナハネ20はグレーの物しか手に入りませんでした。 セットのほうは2セット買いましたがすべて黒の製品です。 黒ではないとおかしいようでしたら、機関車客車とも塗り替えようか、ASSYで黒のものを 探そうか考えています。 ブルートレインは今までそこまで興味を持っていなかったので迷っています。 ネットで探すにも限界がありまして、もしご存知の方がいらっしゃったら、と思い書き込み させて頂きました。 お手数をおかけしてしまいますが、教えていただけると助かります。 よろしくお願いいたします。
はじめまして。コグと申します。 以前に書き込んでいるかもしれませんが、 もっぱらROM onlyでした。さて、いよいよダイキャスト製EF58が 出るようですが、管理人様のご指摘を読んでいなければ、 うっかり買ってしまうところでした。今日画像がアップされていたので 見てみましたら、原型小窓で四隅とも同じように丸く、これは頂けません。 と思ったら、14万もするブラス製も実は同じことに気づき、 二重に驚きました。道理で似ていない訳です。もっともHゴムタイプはこれで 良い訳で、ひさし付きは買うかもしれません。値段次第ですが。