『天』を見慣れていると、こんなものかと思ってしまうが、スタイルに関する限り『天』はごみ箱行きです。 この点については、個人差がありますので、あくまでの小生の私見です。 鼻筋は通っていますし、なんと言っても『天』の面の様に、お多福風邪に罹った猫面ではありません。 イコライザーがほど良く効き、結構、牽引力はあります。 ただ、タイヤ幅が薄いので、EF15ほどではありませんが、路盤の整備はしっかりする必要があります。
初めまして、貴重な情報有難うございました。 やはり1体ヒサシの58だったのですね。 いやー、胸のつかえが取れました。有難うございました。 また、何か有りましたら、答えてやって下さい。 感謝、感謝でございます。
ピノチオの「ロクイチ」の発売が近づいてきましたが、同社は天賞堂を上回る 製品を作れるのでしょうか? 天コレクターとしては、今回始めて浮気?をして予約をしてしまいましたが、 発売を控え少々不安です。 同社製のゴハチをお持ちの何方か、ピノチオ製品の良さと取扱上の注意点等を お知らせいただけないでしょうか?
ms1様 上沼垂区へ181系を回送する58の姿では御座いませんが。 似たものが下記サイトでご覧いただけると思います。 田駄様のレアな記事(2枚目)をご覧ください。 EF5858〔宇〕牽引の「やまばと」上り一番列車です。 http://hkuma.com/railfan/yomoya04.html 私も是非ゴハチ牽引の【181系回送】をみたいですね〜♪
飯田線沿線に住んでいるため、あと一月でまたEF58のトロッコ列車を 毎週末(夏季は毎日)見られ、懐かしいホイッスルと走行音が自宅で 聞かれます。58ファンには羨ましいかな。やっぱ、58はいいですね。 58が無くなってから、もう20年ですか。東京からの帰省はいつも 東海道線利用で列車撮影をしつつ下ったため、東海道の58は、EF18と 共によく撮影したもので、印象に残っているのはやはりEF58の重連荷物列車で 早川、根府川でよく撮影しました。 また、もうひとつ印象深い58の活躍風景は、誰か記録写真をお持ちなら公開 願いたいのですが、181系特急ときの最後の活躍を撮影すべく足繁く上越に 繰り出していた頃ですので、昭和52年の冬頃か。下り181系特急ときが沼田付近の 踏み切りで、立ち往生した乗用車を跳ねて運転不能になり、上沼垂区へ181系を 回送する58の姿です。ちょうど水上の撮影地に向かうバスの中で見かけ、あわてて 水上駅へ引き返しましたが、駅へ走り降りた時には、ちょうど上越国境へと発車して 行った後ろ姿を見送り、一枚でも撮影できていれば、58と181系の超お宝写真になった のにと、今も思い出すと悔しさが込み上げて来る次第です。 最近はHOにはまっておりまして、58ばかり増備してしまい、大窓の31号機(エンドウ) お召の61号(天賞堂)、東海道の73号(天賞堂)、上越形の106号(エンドウ)と120号(天賞堂)、 ブルトレ色の123号(天賞堂)、そしていずれ89にナンバー変更を考えている茶色で ツララきり付の120号(天賞堂)と、当鉄道始まって以来の58全盛時代を迎えています。 1年ぶりの投稿で、嬉しくなって長々とカキコしてしまいすみません。 掲示板の58ネタを、また楽しませていただきます。
北の58様 ひでたみ様 旧東大宮操車場にヒサシ一体のEF5865号機は確かに留置されていました。 たしか【関東学園?】(鉄道学校)の教育用教材としてだと思います。その他 【101系黄色】【有蓋貨車5輌】【小型DL】【35系ブルー色客車】も 存在してました。車輌の屋根を観察出来るような階段?専用ステップも平行して 設置されてました。 この65号機は昭和56年頃ここの東大宮操車場にやって来たと記憶しており ます。当時宇都宮運転所のゴハチの中でいち早く二休車扱いになってしまい、 運転所の検査庫南側でひっそりとしていたところを撮影したことがあります。 この時【元青大将58号機・70号機】【元お召し予備機73号機】が一休扱い で3連で留置されてました。(同区122号機は左右白黒Hゴムの珍しい時でした) 東大宮操車場では【ゆうづるの24系車輌】を到着線から出発線に移動する際、 宇都宮運転所のEF58(ゴナナも)が構内入換え担当をしていたので、白昼堂々 仮のブルトレ牽引を撮影することが出来ました。 余談ですが、ここの操車場すぐ隣にある【私立栄東高校】では毎日授業中にゴハチの 入換え風景が一望出来たそうです。行きたかったぁ〜♪(笑) 話が脱線してすみませんでした。 管理人様 58号機の写真拝見いたしました! ゴハチの中でこんなにもインパクトのあるショットは珍しいですね。 久々にド肝抜かれ感激しております。(正面窓低い特徴が良く解ります) 有難う御座いました!
北の58さま。 1985年頃、旧東大宮操車場の片隅にあったEF58は、 多分、宇都宮運転所の65番だったと思います。 一体型ヒサシは確かに車内からも確認出来ました。 記憶だけで書き込みましたので 間違っていたらば御指摘を願います。
御無沙汰しております。管理人様、北の58と申します。 あのー関係のないお話で恐縮なのですが、昔の写真を整理していたら、旧東大宮操車場の所に 色褪せた1体型ヒサシの58が1両ずーっと留置してあったのが残っていまして。 良く見てはいたのですが、たまたま下りの東北線(当時)からカメラで撮っていまして。 あれは、何処の車両だったのか御存じの方いらっしゃいますでしょうか?昔から気にしていたので、 (ひょっとすると普通のヒサシだったかも知れ無いですが。何せ電車の中から写したものでして。) 1985年位の物でした、、、、。
ご無沙汰しております。 久々にカキコさせていただきます。 皆様が仰るとおり93号機の動向が気になりますね。 また、展示車両のなかには御料車なんていうのも入っている?ようです。 ↑未確認ですが。 もし、そうなら89号機と連結してくれるとイメージ的に よろしいのではないかと思うのですが・・・ 交通博物館がオープンしたら、大宮工場開放デーなんかも 廃止されてしまうんでしょうね。 もしそうなら、チョッとがっかりですね。
皆様、例によってお久しぶりです。(^^;) 相変わらず出張やなんだでバタバタしております。 さて、題名の65号機の一体ひさしについて、最近、「EF58ものがたり」の 編集に携わった方からその真相についてメールを頂きましたのでご紹介 したいと思います。 2000年10月頃に当掲示板でも同機の一体ひさし改造を施行した工場について、 様々な説が取り沙汰された事がありましたが、明快なお答えを頂きました。 また、掲示板への書き込みも許可頂いておりますので、記載したく思います。 <以下、原文まま> EF58 65号機の左右一体式ひさしの取付工事は、広島工場における検査 (1975年3月出場)における施行です。 同検査が全検か要検かは当時の膨大な調査結果資料に目を通せばわかりますが、 時間がかかりますためご容赦いただければ幸いでございます。本件の裏付けは 同機の機関車車歴簿はもちろんですが、広島工場での工事施行履歴において 「広島局管内配置の他の数両のつらら切り付きEF58形で好評な日よけを、 他機にも取り付けた」という理由を確認しております。 同機はたまたま出場直後、一度も広島機関区での仕業に就くことなく宇都宮 運転所に転配されたため、多くのファンの方々に勘違いされたようです。 改造後、広島機関区で一度も仕業に就いてないとの事なので、広島時代の 一体ひさし姿の写真や目撃情報が無く、大宮工場での改造と勘違いをしても 仕方ないところですね。 今になってこうした情報が出てくるところも、また、ゴハチの奥深いところ でしょうか。 と言うことで、以下、遅レスです。 >宇都宮高二さま 今回の更新で奥野利夫さん撮影の青大将時代の58号機の異様な姿の写真を 公開させて頂きました。これでまた、58号機の形態バリエーションが増える と言えましょうか。 ゴハチの汽笛の音ですが、確かに調整の具合か結構個体差があったように 思います。ただ、以前、61号機牽引の「駒子号」の生録をした際、同じ 時の録音でも鳴らす音が甲高かったり低かったりと違いがあったりします。 汽笛のレバーの押し加減とかでも違ってくるんでしょうかね? >のりくらさま 皆さん、色々といじってらっしゃるんですね。ゴハチと言うとやはり特定 ナンバー機にしたくなるのは皆さんご一緒のようで…。 >M4-Pさま 何か、機種選定がすごくマニアックな気が…。試験塗装に側窓変形機。 ゴハチでは無いですけど「日本海」がEF65F、「あさかぜ」がEF30の1号機と 言うのもツボを押さえた感じですね。 そう言えばチョコエッグでもSL&ブルトレシリーズでもEF58大窓 「彗星」が販売されてますね。 >EF58青大将さま > 実機の情報 ファンサイドからのアプローチではそれしか無いかと思われます。 でも、今回の65号機の件と言い、それでは限界があることを感じる今日この頃 です。(^^;) >EF5836さま 件の「鉄道データファイル」見ました。 表紙が36号機と思わず「おおっ」と思って開いてみると、中は僅か数ページと ちょっと拍子抜け。まぁ、鉄道全般を扱ってるんで仕方ないところでしょうが。 >EF5853さま 150号機、ちゃんと宮原にいるんですね。同機も動くときと動かないときで差が 激しいので、動かない時は一体どうしてるんだろうと心配になりますね。 大宮の交通博物館…ファンとしては嬉しいような残念なような複雑な気持ちに なりますね。仰るとおりできれば本線に繋がった機関庫のようなところで展示 だったら最高なんですけど…。最もこれで解体はほぼ無くなったと言えるので 嬉しいところではあります。それにしても、気になるのは横川に行った車両 たちの今後です。十数年後には交通博物館組と明暗が分かれているかもしれ ませんね…。(-_-;) EF15模型はちょっと残念…。クハ181は上沼垂、ナハネフ22は大船工場のを 持ってくるんでしょうが、D51の展示ってもしかして498号機?だとすると 「奥利根」から引退なんでしょうかね。 >関西人さま 初めまして。今後ともよろしくお願いします。 大宮工場での展示は限りなく現役時代に近い環境というのが魅力だっただけに、 屋内展示は確かに残念ですね。ぜひ、梅小路の様に西に頑張って頂きたいところ です。 >Hゴム派さま 初めまして。今後ともよろしくお願いします。 模型製作の参考にされてるとのこと、ありがとうございます。 確かに93号機の行く末も気になるところですね。青大将姿の保存は(93号機 は実際にはなってませんが…)鉄道黄金時代の象徴として意義あるところだと 思います。何とか保存して欲しいところです。
管理人様、常連の皆様、始めまして、Hゴム派と申します。 私は撮り鉄ではないのでお見せできるような写真はないのですが、 模型製作の際はこのHPを資料にさせて頂きました、ありがとうございます。 89の博物館入りは、嬉しさ半分、がっかり半分です。 嬉しさ半分とは、正式に保存機となることで解体される心配が無くなることです。 がっかり半分とは、博物館に閉じ込められて車籍復活の道が絶たれることです。 93も是非博物館入りして欲しいですね。同一形式が2両という心配もありますが、 梅小路ではD51やC62が2両共存しているので問題ないと思います。 バリエーション豊富なゴハチ、4番違いでも、ヒサシ、窓、パンタ、暖房と 相違点があり並べて欲しいです。 鉄道に詳しくない人には違いが分かり難いかもしれませんが、 片方を青、もう片方を青大将にすればいいと思います。
初めまして、こんばんわ。 関西人と申します。よろしくお願いします。 89もついに博物館入りみたいですね。屋内展示は腐食化の心配がないけど、これでもう完全な静態機となってしまいますね。 空の下でロクイチや93と並んだ姿が見れなくなるのは残念です。 EF5853様が書かれてるように展示線が本線とつながっていれば嬉しいのですけどね〜。 しかし、181系や20系の展示は楽しみです。でも、現在の交通博物館のC57はどうなるのでしょうか?? 西日本にもこう言うのができたらいいのにな〜。 宮原の旧客やEF64-1、EF60-503、EF15-158、EF59-10などいいカマは揃ってるのに(笑)
新聞にも出ておりますが、公式発表は http://www.jreast.co.jp/press/2003_2/20040206.pdf で、すでにHPが準備されております。 http://www.railway-museum.jp/top.html 中を見ると、EF15は模型(ウソー)、EF5889の名前があります。 他、ナハネフ22とかD51とかクハネ583とか。 イラスト見るとクハ161(181)とかもありますが・・・ 私としては、EU等に見られるような、そのまま線路に繋がっていて、 展示してある車輌が、ある時は本線へ出て行き運転できるような感じの博物館 が欲しいところですが。せっかく大宮に出来るのだし。 ・・横川の車輌が朽ち果てる前に。(それより高二が先か)
本日姫路方面へ日帰り出張してきました。 宮原区にはユーロライナーとEF65専用機の姿が。 そしてクラの中にチラリと150の姿が見えました。ほっとした感じです。
御無沙汰しております。 2/17発売予定の「鉄道データファイルNO.2」 の紹介車両はEF58の様です。 皆さん、一応御目通しを。 リトル
しょうどう、って入力して変換したら、賞堂、って変換するわたしのパソコンって・・・。 こんにちは、のりくらです。M4-P様、わたしはある日なんとなくキオスクを覗き込んで 賞堂、いや衝動買いしました。財布からお金を出す手が止まらなくって(^^);;; 第2弾も、金欠を防止する為にはキオスクに寄らない事しか手段がなさそうですね・・・
☆管理人様 >コツコツと調べないと難しそうです。(-_-;) やはり(^_^;; と言っている間にNゲージの 青大将、お召しがさらに2台ずつ増えてたり します。模型を増やすのは比較的簡単ですが 実機の情報を増やすのは大変そうですね〜。 ☆宇都宮高二様 青大将情報、参考にさせて頂きました。
http://www.konami.co.jp/th/candy/headmark/vol2/lineup.html またまた細かい商売されてます・・・。
すみません。下の話はNゲージです。
こんにちは。のりくらです。 58号機の窓で思い出したのですが、以前カトー現行製品のブルー大窓を 小窓Hゴムに改造したことがありまして、そのときは58号機ではなかったのですが、 Hゴムの窓に同じカトーのキハ58の正面窓を流用したらピッタリ。 しかし、印象はなんとなく58号機と同じように初期改造の83号機みたいに 横寸法がちょっと?という感じになりました。 結構いい感じでしたよ。大窓ブルーも久々の再生産だし、 キハ58の窓はASSYでパーツが出ているので、それを使って 小窓Hゴム改造もいいかもしれません。 ハハハ、とりとめなくってすみません。
こんばんは! 遅くなりましたが58号機の話題が出たので 追記させて頂きます。 青大将の58号機を特定されるのであれば、 青大将色25輌中‥彼(58号機)だけ違っていたのは 正面窓H黒ゴムだと想われます! 模型にナンバーをつけなくても、これだけで十分58号機になります。 見る人が見ればコレだけでわかります。(笑) 勿論パンタは皆様のおしゃるとおりPS14と思います‥☆ 小窓に改造された仲間は居ましたが、黒Hゴム化されたのは 彼だけです。 欲を言えばHゴムの正面が全体的にやや下になっていたのも 唯一の特徴と言えるのではないでしょうか? 手持ちの58号機の正面アップの写真を見ると、一般的な 小窓Hゴム化されたカマの約10cmは全体的に低いですネ。 模型にここまで拘ると難しいですけど。 私はやってます(爆) 音も【実録】のを使ってます。 小学生からアナログで集めた各号機ごとのゴハチの生声です。 58号機は【ピニョ〜】(文章ではなかなか無理ナ感じです)と 甲高い音で、同じゴハチでも1輌1輌まったく違う音(声)なんですネ ここまで来ると現代のデジタル時代に、アナログにこだわる山下達郎 のような雰囲気になりちょっとヤバイかな♪ でもこの文章をお読み下さった方でフムフムと縦に首を振り、同感され る方もいらっしゃると思います。皆様の号機に拘る様様な想いを お聞かせ頂けると嬉しいのですが!いかがなもんでしょうか? しかし疑問はつのるばかりで何故号機ごとに音が違うのでしょうか? 同じ汽笛のように見えても確か【日本エアー‥製】と【三菱製】とか 何社かあった気がしますね。その違いでしょうか? あとエアータンク内部の残圧力にも関わりがあったりするのでしょうか?