ELECTRIC LOCOMOTIVE EF58  Vol.18
EF58 131〜137, 146〜148

Last Update 2016.1.1

Index EF58131 EF58132 EF58133 EF58134 EF58135 EF58136 EF58137 EF58146 EF58147 EF58148

 第11次増備車(131〜137・146〜148号機)

姫路・宇都宮電化用として昭和32年11月から12月にかけて登場したグループ。ワイパーの腕折り型(形式は従来と同じKW3D)への変更の過渡期で131〜133号機がこれを装備して登場しています。パンタグラフは全機がPS15です。
なお、当時国鉄がメーカーへ発注する際にはあらかじめ各メーカーごとに番号を割り振ってからになっており、姫路・宇都宮電化用の第9〜第12次車にはすでに番号割り振りが終わっていました。東芝製の146〜148号機は本来、第12次車となるはずでしたが、訓練運転などで必要な機関車が早めに必要になった為、次回東芝に発注分の3両を急遽このグループに組み込んだものです。その結果、番号が飛んでいます。

※印…主な特徴です。画像をクリックすると大きなものが表示されます。

 EF58 131〔高崎第二〕
EF58131 上越線に残された貴重な昼間の客レ、8702レを牽き終着上野で181系「とき」と顔を並べる131号機。181系と上越形ゴハチは当時の上越線の名コンビ。高崎第二機関区に配属された上越形の一部(120,121,130〜137)には、当時常磐線で使用されていた列車無線のアンテナを前灯と避雷器の間に装備していました。

※電暖 上越型 常磐線列車無線 ヘッドマーク取付座無し
8702レ「佐渡54号」  上野 1980.8.1
製造年月日:S32.11.18
製造:日本車輌・富士電機
廃車:S57.6.8〔高崎第二〕
EF58131 上越形の無骨な姿は原形とはまた違った魅力があります。全検前なのか塗装がかなり荒れています。牽引している列車ですが、直前に下り「北陸」を撮っているので下りの「鳥海」もしくは「能登」と思われますが、どちらも13番線発の旧客編成なので特定できません。左隅にチラッと12系の先頭に立つゴハチの姿が見えます。16番線なので臨時の「八甲田」辺りでしょうか?
上野 1979.9.22
ohtani-ef58131 茶色時代の上越形の貴重な姿。まだ、上越線に普通客レが少数残っていた時代だそうです。この時代の上越形の特徴は、つらら切り、汽笛カバー、デフロスタは当然として
  ・通常の小窓よりも小さく四隅にRが付いた「パテ式前面窓」
  ・可動式雪かき器
と言えましょう。雪かき器の固定化前なので、握り棒取付位置の前方延長は行われてません。この写真でも屋根上の常磐線列車無線が確認できますね。また、標識灯の円盤が時代を感じさせます。また、その関係か標識燈掛けが未設置です。
撮影:Ohtaniさん  渋川 1965.5
信越線を単機で軽快に駆け抜ける。

撮影:佐々木さん  荻川―亀田 1980.10
晩年まで残った高崎・信越線普通客レ(上野〜直江津)を牽き高崎に到着。ゴハチはここまでの担当でした。
この2321レ、早朝6:14に上野発、途中特急急行の待避をしながら高崎到着が8:53と今にして思えば実に優雅な列車でした。上野発が早かったのが難でしたが…。(^^;)

撮影:佐々木さん  2321レ  高崎 1980.11
 EF58 132〔高崎第二〕
ef5853-EF58132 この132号機のつらら切りはかなり下向きですね。ゴハチのつらら切りは取付角度にも個性がありました。電暖表示灯は旧型。

※電暖 上越型 常磐線列車無線 ヘッドマーク取付座無し
撮影:EF5853さん  高崎第二機関区 1978.3.11
製造年月日:S32.12.17
製造:日本車輌・富士電機
廃車:S57.8.5(高崎第二〕
EF5852-EF58132 こちらはEF5852さん撮影の同機です。(上のEF5853さんとは別人です。)

「急行鳥海を牽引する上越形の132号機です。正面から見るとつらら切りが下向きであることが確認できます。」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん  上り急行「鳥海」  赤羽―尾久 1982.6.13
kawasaki-EF58132 132号機の側面のスローガンが時代を感じさせます。
「スト真っ最中の上野駅9番線。やさしい運転士さんが運転席に招待してくれました。私のはじめて乗った?(座った)58は、132号機です。」(川崎大輔さん)
撮影:川崎大輔さん  上野 1977
ohtani-ef58132 上越路の王者として君臨していた時代の132号機。とは言えこの頃から既に昼間の定期客レは無くなっていました。ワイパーが左右ともまだ原形のKW3D腕折り形です。
撮影:Ohtaniさん  上り臨時急行  渋川 1974 12 31
H-yamaguchi-ef58132a 12系臨客を牽いて山手貨物線を行く。この辺りの情景も今では全く違ってしまってます。
撮影:山口裕志さん  恵比寿 1981.11.17
H-yamaguchi-ef58132b 81系お座敷(シナ座)を牽く。上越形と81系との組み合わせはあまり見る機会は無かったような…?
撮影:山口裕志さん  大宮 1981.9.8
ef5831-ef58132 夏の日射しを浴びて東北本線を行く上越形。周りの情景も古き良き日本の田舎と言った感じで、茶マニ主体の荷物列車にはぴったり。この辺の光景は今も変わらないのでしょうか?
撮影:EF5831さん   荷46レ 蓮田―東大宮 1978.8
shizuhata-ef58132 132号機は高崎第二区に昭和32年12月19日に新製配置後、翌33年3月8日に宇都宮に転属、昭和36年4月に再度高崎第二へ転属しています。上越地区に導入されたEF58には原則として区に回着後つらら切りの取付が行われており、同機の水切りのみの姿は新製からおよそ3年半ほどの期間と思われ、非常に珍しいと思われます。
撮影:しずはたさん    上野―尾久 1960冬
kazu460さんの父君が撮影された132号機。上写真と同様、同機の新製配置直後の貴重な姿です。次位のC62の姿からゴハチ信者さんが以下の考察をされています。「この列車は、1958年4月14日の東北本線大宮〜宇都宮電化開業に伴う乗務員訓練のための電蒸運転だと思います。132号機が高崎第二区から宇都宮区に転属したのが同年3月8日ですので、この作品は 1958.3.8〜1958.4.13の間に撮影されたものと思われます。」

また、前面に標識燈掛けが無い変形機ですが、資料をひっくり返して調べると131、132、133、160、169、170、172号機で同形態が確認できました。サンプル数が少ないので確定はできませんが、いずれも標識燈に折り畳み式赤円板を取り付けた姿なので、おそらくその関係で新製時から未設置、もしくは撤去されたものと思われます。
写真所蔵:kazu460さん    赤羽―川口? 1958.3〜1958.4
 EF58 133〔高崎第二〕
ef5853-EF58133 高崎第二機関区でしばしの休息をとる133号機とEF6222。余談ですが上越型にはヘッドマーク取付座を持たない物が多く(と言うよりほとんど)なっています。これは上越線ではヘッドマークを掲げて特急列車を牽引する機会がなかったためです。もう少し早くヘッドマークが復活していれば「北陸」のヘッドマークを掲げた彼らの姿を見ることができたかと思うと、少し残念です。(関門のEF30にまでマークが付いたことを思うと、EF16にも付いたかも知れませんね。(;_;))
撮影:EF5853さん  高崎第二機関区 1979.3.18
製造年月日:S32.12.25
製造:日本車輌・富士電機
廃車:S58.12.6(高崎第二〕
akira-EF58133 リンクでお世話になっていますakiraさん撮影の大宮駅で発車を待つ133号機。

※電暖 上越型 常磐線列車無線 ヘッドマーク取付座無し
撮影:akiraさん(AKIRA STATION)  大宮 撮影年月日不明
T.F-EF58133 T.Fさん撮影の急行「鳥海」を牽く同機です。
「この日北陸は露出失敗で番号不明、天の川はナンバーが光ってしまい判読不明、能登は51番でした。鴻巣では夏ならば夜行列車が撮れましたが皆、ブレ、ボケ、露出不足で(腕不足が一番の原因)お見せできる写真が限られているのが悔しい限りです。」(T.Fさん)
撮影:T.FさんくらはやしみのるのB級HP)  鴻巣―吹上 1980.8
ef5852-ef58133 「この当時は、上越型ゴハチ牽引の20系寝台が定期で上野駅に乗り入れていました。しかし、早朝の上野駅到着のため、日照時間の長いこの時期でも、快晴でないと走行写真を撮影するのは難しかったという記憶があります。 当時も高感度フィルムが存在したのですが、粒子が粗くて満足できるレベルではありませんでした‥‥」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん  尾久 1982.6.20
ohtani-ef58133 雪をいっぱい付けた上越形はさしずめ雪国からの使者。この姿は冬の風物詩とも言えました。
撮影:Ohtaniさん  8702レ 臨急「信濃川52号」 渋川 1976 12 31
信越線の荷物列車を牽引する。東海道と比べて上信越線の荷物列車はコンパクトな編成でした。この写真の段階ではパンタのスリ板がまだ鉄製です。

撮影:佐々木さん  荻川―亀田 1980.9
mmRelax-ef58133 ぶどう色標準色時代の133号機が牽く急行列車。前面窓は原形小窓の様に見えますが、上越独特の窓の上下サイズが小さくなっているタイプです。窓の下辺が上昇し、同時に下隅に上側と同じくらいのRが付けられているのが特徴です。この写真では上のぶどう色時代の132号機同様、標識燈に折り畳み式赤円板が付いており、車体側に標識灯掛けが存在しません。避雷器は原形のLA12です。
撮影:mmRelaxさん(鉄道写真と切符)   上野 1961年頃
 EF58 134〔高崎第二〕
ef5853-EF58134 こちらもEF5853さん撮影の134号機。上越型のゴハチもその活躍が夜行列車中心のうえ、運転区間がそれほど長くないこともあって、早朝、深夜発着が多く写真を撮りづらかったように思います。 

※電暖 上越型 常磐線列車無線 ヘッドマーク取付座無し
撮影:EF5853さん  回804レ「鳥海」 鶯谷 1979.2.11
製造年月日:S32.11.15
製造:日立製作所
廃車:S59.1.6〔高崎第二〕
20系「天の川」を牽いて終着上野を目指す134号機。これも撮りづらい列車でした。雨も降ってるし、TRI-Xで50mm開放と言ったところ?
802レ「天の川」 鶯谷 1980.9.30
akira-EF58134 「上野駅で出発を待つ134号機。確か鳥海でなかったかと思います。流れているのは、109号機です。」(AKIRAさん)
撮影:akiraさん(AKIRA STATION)  上野 撮影年月日不明
nijinochichi-EF58134 旧客1両を従えて高崎線を行く134号機。
撮影:二児の父さん  川口 1983.11.14
ef5852-ef58134 「上野発、直江津行きの旧客を使用した普通列車を牽引する134号機です。本来、この列車は、高崎二区のEF62仕業なのですが、なぜか毎日高崎二区のEF58が充当されていました。残念ながら上野発が早朝のため順光で撮影できませんでしたから 薄曇になるのを期待するしかありませんでした‥‥」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん  尾久―赤羽 1982.6.20
tc153-501-ef58134 「牽引を終えた2321レの横を機回し中の134号機。」(Tc153−501さん)
撮影:Tc153−501さん  高崎 撮影年月日不明
 EF58 135〔高崎第二〕
EF58135 高崎線の普通客車列車を牽く135号機。

※電暖 上越型 常磐線列車無線 ヘッドマーク取付座無し
2321レ 鶯谷 1980.9.23
製造年月日:S32.11.19
製造:日立製作所
廃車:S57.6.8〔高崎第二〕
EF57135b 上越型の特徴あるサイドビュー。それにしても、これは一体どこでしょう?田端??と思っていたら、DAYTONAさんより「田端駅の京浜東北線南行ホームから田端操を撮影したもの」とのご指摘を頂きました。(^^)
田端 1980.9
ef5853-EF58135 「53.10ダイヤ改正の前日です。東北本線上野口から客車普通列車が消えた改正でした。この日、3002レ「北陸」は車両故障で(58?)大宮打ち切りとなってしまいました・・・。」(EF5853さん)
高崎線の普通客レも2年後の55.10で残った1往復が消え、首都圏から普通客レが消えてしまいました。
撮影:EF5853さん  回814レ(鳥海の東大宮回送) 川口 1978.10.1
H-yamaguchi-ef58135 東北本線を行く荷物列車。東北本線でも高崎のEF58牽引の荷物列車を見ることが出来ました。
撮影:山口裕志さん   栗橋―久喜 1980.10.11
ef5831-ef58135 大宮停車中の夜行列車。こんな列車に乗ってのんびりと旅をしてみたいものです。(でも実際は大変でしょうね〜) 高二で次位が荷物車(マニだそうです)なのでおそらく「鳥海」でしょうか。
「スニかマニでしょうか、TR23が渋くて・・・後追い写真です。」(EF5831さん)
撮影:EF5831さん    大宮 1978.8
急行「鳥海」の先頭に立つ。135号機が2エンド先頭、機関車次位が座席車なので多分下りです。暗闇に浮かぶ上越形のシルエットが実に格好良い〜。

撮影:佐々木さん  801レ「鳥海」  高崎 1980.8
上の132号機と同じくkazu460さんの父君が撮影された135号機です。同機は宇都宮電化用として落成後、昭和35年12月(実質的には11月)には高崎第二区に転属しています。水切り姿はわずか3年ほどだったと思われます。
手前の線路を歩く鉄道員の姿、機関車次位のオハニ61、その後ろのダブルルーフのスハ32?に時代を感じます。
写真所蔵:kazu460さん    川口―赤羽 1958.3〜1960.11
 EF58 136〔高崎第二〕
Nishino-EF58136 こちらも上越形の136号機。雨に煙る姿が渋いです。

※電暖 上越型 常磐線列車無線 ヘッドマーク取付座無し
撮影:Y.NishinoさんY.Nishinoのホームページ)  東那須野? 1975.9
製造年月日:S32.12.3
製造:日立製作所
廃車:S57.7.1〔高崎第二〕
EF58136 久々にネガをチェックしたら上越形が多少出てきました。列車は「鳥海」?
上野 1980.10?
T.F-EF58136 T.Fさん撮影の2321レを牽く136号機です。上越型の精悍な姿を今一度見てみたいですね。
撮影:T.FさんくらはやしみのるのB級HP)  2321レ 鴻巣 1981.5
Tornadosakai-EF58136 トルネードSAKAIさん撮影の136号機。雪の付着した姿がいかにも上越形らしいですね。この136号機は高崎第二のカマなので、列車は多分「天の川」でしょうか?
撮影:トルネードSAKAIさん鉄道模型と鉄道写真のステーション)  上野 1980.3
こちらは東北本線の荷物列車を牽引する136号機の美しいサイドビューです。
上越形独特のシルエットが良く分かりますね。
撮影:川崎大輔さん  白岡 1978
 EF58 137〔高崎第二〕
EF58137 品川区の81系お座敷を牽引して上野に到着した137号機。下向きのつらら切りと固定式雪かき器が精悍なイメージです。上越形はこれぐらいのアングルが一番格好良く見えるように思います。

※電暖 上越型 常磐線列車無線 ヘッドマーク取付座無し
上野 1979.9.22
製造年月日:S32.12.4
製造:日立製作所
廃車:S59.2.7〔高崎第二〕 
19801231-ef58137
稼働率も高く(と言うより私とやたら相性が良かった?)良く見かけたカマでした。それにしても上越型の小振りなスノウプロウはゴハチによく似合っていました。
大宮 1980.12.31
EF58137 上越線、昼のプレゼント8702レを牽き水上橋梁を渡る137号機。14系座席車で運転される列車にはEF16の補機はまず付きませんでした。
8702レ「佐渡54号」  湯桧曽―水上 1980.5.3
EF58137 早朝の上野駅に到着した「北陸」。14系化後は高崎第二区のEF58も「北陸」牽引を担当しました。
3002レ「北陸」  上野 1979.8
EF58137 同じく上野駅にて推進回送を待つ「北陸」です。上野駅高架ホームの象徴でもあった古レールを利用した構造物も現在はほとんど見られなくなりました。写真を撮っていた当時は邪魔で仕方なかったですが、今となっては懐かしいですね。
3002レ「北陸」  上野 1979.8
EF58137 下向きのつらら切りが精悍です。やはりつらら切りは下向きがカッコいいですね。137号機の右奥にレ荷物車を待つ駅員の姿も懐かしい情景です。
3002レ「北陸」  上野 1979.8
EF58137 同じく「北陸」です。横から見るとつらら切りの下向き加減が良く分かります。本機のつらら切りは水切りに溶接で継いだ形態です。それにしてもゴハチのつらら切りはホントに大きいですねぇ。
3002レ「北陸」  上野 1979.8
EF58137 黄昏時の上野駅で推進回送を待つ137号機と12系。スジ的には8702レっぽいのですが、当時の時刻表を見ると季節臨の運転は無いので団臨かこの日の「小出スキー3号」の送り込み回送かもしれません。
上野 1980.2.15
Tc153-501-EF58137 「まだこの頃は、上野駅を6:30頃に発車する高崎区58牽引(所定EF62)の高崎線普通列車が走っておりましたが、撮影時間的にはこちらの荷物列車の方が、確実に高崎区のカマを狙うことができる列車だったと記憶しております。」(Tc153−501さん)
撮影:Tc153−501さん  荷38レ  蓮田―東大宮  1983頃
nijinochichi-ef58137 高崎線を旧客を牽き疾走する137号機。これは何かの回送か2321レでしょうか…。
撮影:二児の父さん  川口 1983.11.14
ohno-ef58137 常磐線と共に上野口に最後まで残った旧客使用の普通列車、高崎線2321レを牽く137号機。こんなのが定期で走っていたんですから、今にして思えばもっと乗っておけば良かった…。(;_;)
撮影:ohnoさん  2321レ  日暮里 1980.4.24
H-yamaguchi0ef58137 多客時に定期「佐渡」の補完として運転される機会が多かった12系「佐渡」。早くから電車化が推進された上越線では数少ない昼間の客レでした。
撮影:山口裕志さん  8702レ「佐渡52号」  水上―湯桧曽 1980.8.18
ef5852-ef58137  「古河―栗橋の大カーブを行く137号機ですが、正面から見るとツララ切りヒサシが下向きなのが確認できます。 当時はこのポイントまで駅から歩いて行ったのですから……若かったですねぇ」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん   荷44レ 古賀―栗橋 1982.5.3
 EF58 146〔宮原〕
DAYTONA-EF58146 DAYTONAさん撮影の荷33レを牽く146号機です。下関運転所で最後まで原形小窓、原形ワイパー、さらに東海道スジのゴハチでは珍しかった原形フィルタで活躍したカマですね。

※原形小窓 原形ワイパー 原形フィルタ
撮影:DAYTONAさん  荷33レ 蒲田 1984.2.22
製造年月日:S32.11.20
製造:東京芝浦電気
廃車:S59.11.5(下関運)
kk0630-EF58146 下関(転)で最後の活躍をする146号機。冬にSGの蒸気に包まれる姿は58の真骨頂ですね。
撮影:kk0630さん  荷37レ  大阪 1984.3.18
JZA70-EF58146 現役ゴハチ末期まで、原形小窓、原形フィルタ姿が残ったのは幸いでした。
撮影:JZA70さん  大阪 1985.8
Tc153-501-EF58146 午後の東海道を行く146号機。後ろに続く青い荷物車が軽快な印象です。
撮影:Tc153−501さん  荷2033レ  平塚 1981年?
H-yamaguchi-ef58146 「146号機牽引のキハ40系甲種回送です。」(山口裕志さん)
撮影:山口裕志さん   大井町 1981.7.25
ef5852-ef58146 当日のメイン撮影ネタがこの宮原区のEF58牽引のつるぎ回送でしたが、113系に被られてしまい撃沈……。 しかし、今にして思えば非冷房の113系も関西地区を走っていたという記録写真になりました。」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん   回5006レ 高槻―山崎 1983.8
c11204-ef58146 荷35レ先頭に立つ146号機。4パン上げたゴハチ重連はやはり良いですね〜。後ろに連なる茶マニも良い雰囲気です。
撮影:C11204さん   荷35レ 小田原 1977.6
hokkyoku-ef58146 夕陽を浴びて出発を待つ。漂うスチームが良い感じです。
撮影:北極ぐま閣下さん   荷2033レ 沼津 1983.12.27
 EF58 147〔宮原〕→〔竜華〕
EF58147 「銀河52号」を牽く147号機。宮原区のゴハチは原形小窓機の数も多かったですが、後期のカマでも更新改造された物が多くいました。本機のパンタグラフの摺り板は、この時点では2エンド側は鉄製の原形、1エンド側はアルミ製です。本機はその後竜華区に転属、シールドビーム2灯化されています。

※更新改造 白Hゴム
6102レ「銀河52号」  大森―大井町 1979.5.4
製造年月日:S32.12.10
製造:東京芝浦電気
廃車:S61.3.31(竜華)
kk0630-EF58147 竜華に転属後の姿です。竜華区のご多分に漏れず前灯のシールドビーム2灯化が行われています。また、既にホースは外されていますがP形改造によりジャンパ連結器が増設されています。

※更新改造 白Hゴム RSB2灯 P形


撮影:kk0630さん  竜華機関区 1984.3.18
shinohara-EF58147 竜華機関区の撮影会時に撮影された台検中の同機。ジャッキアップされた姿やリフトの周辺に置かれたエアフィルタが面白いですね。
撮影:篠原さん  竜華機関区 1985年頃
Tc153-501-EF58147 通い慣れた東海道を離れ竜華区で阪和線の客レを牽く147号機。
撮影:Tc153−501さん  126レ 新宮付近 1983.8
timebokan-EF58147 「夏の夕日を浴びる147号機。左に写っている113系に乗車してました。交換中の撮影ですが、今なら走行を撮ってるのに、当時は147だとこんなモンでした。157号機で感動するご時世になるとは・・・。」(タイム母艦さん)
駅でのこうした何気ない情景も、後世になってみれば当時の雰囲気を知る良い記録ですね。113系の阪和色が何とも懐かしい…。
撮影:タイム母艦さん  126レ  白浜 1985.8.25
timebokan-ef58147a こうして見るとローカル色溢れる紀勢線で余生を過ごす姿も悪くないですね。私も訪問しておけば…。
撮影:タイム母艦さん  126レ  紀三井寺―黒江 1985.4.29
timebokan-ef58147b 「THE阪和線ってな感じで、1985年当時でもED60やEF15が検査でカマが足りなくなると実現していました。個人的にはED60との重連がアンバランスで目玉でした。」(タイム母艦さん)
本列車についてゴハチ信者さんより補足を頂きました。
「所定はED60重連の列車でしたが、運用の都合により6日と8日はEF58147が先頭に立ちました。なお次機はED606です。」
撮影:タイム母艦さん  5365レ  浅香―杉本町 1985.8.8
EF58147
宮原時代の同機のお召予備装飾を残した貴重な姿です。昭和50年(1975年)5月、滋賀県植樹祭におけるお召運転に伴って、本機は米原区の77号機と共に61号機の予備機に指定されました。その際の装飾の名残が誘導握り棒、解放テコ、連結器、運転席側窓、側扉の昇降手すり、エアータンク取付帯に見られます。同じ予備機ながら77号機とは若干装飾が異なっています。
撮影:針葉樹林鉄道研究会の杉さん  9603レ「但馬53号」  摂津本山―住吉 1975.8.18
 EF58 148〔東京〕
800924-ef58148-2 旧客、20系、12系という珍編成を牽引する148号機。当時、東京区に配置されていたゴハチは、冬季の上越線への貸し出しを考慮してエアフィルタのビニロックフィルタ化は見合わされていました。

※原型フィルタ
大井町―大森 1980.9
製造年月日:S32.12.13
製造:東京芝浦電気
廃車:S59.3.12〔東京〕
6348-EF58148 「49号機と同じ列車の上り。列車番号不明。この日には31号機が8111レで下り、82号機が6348レでこの148のあとにのぼっています。今ならきっと大騒ぎですね。」(6348レさん)
この時点では同機には後に取り外されたかつてのブルトレ牽引時に付けられた、カニ22用のジャンパ連結器(KE59)が残っています。
撮影:6348レさん 早川 1979.5.15
Nishino-EF58148 「夏の帰省臨の回送?」(Y.Nishinoさん)
撮影:Y.NishinoさんY.Nishinoのホームページ)  駒込―田端(操) 1976.8
ef5853-EF58148 「田町へ行ったら、怒濤の人混み。こんなアングルが精一杯でした。慶応の女子大生いわく、「鉄道ファン?ああ、田町駅のホームの端っこに固まってるヒトたち?」・・・・。自分もそうでしたが、端から見るとほんとアホそのものでした。
今はほんとに少ないですね。(あの人々はいまいずこ?)」(EF5853さん)
最近は何故か新子安に異様にたかってますね…。165系「東海」引退時には田町にも随分人が集まってましたが…。
撮影:EF5853さん 回1941レ スロ81系6連+スロフ62[金フイ]  田町 1982.6.19
ef5853-EF58148b 「転属回送です。東京駅から出ることと、10番線発車が珍しいかな・・・。(気動車の密着自連の強度が弱いため、機関車による牽引時は間に控車が、ほとんどの場合は客車が入りました。)」(EF5853さん)
撮影:EF5853さん 8107レ スハフ42+キハ28x2  東京 1980.10.16
jun-ef58148 「東京機関区では148号機はあまり目立たないカマでしたがHM付+シナ座という組み合わせが気に入っています。旧型客車を使用した最後の特急列車ではないかと思います。」(JUNさん)
撮影:JUNさん   東京 1983.8
H-yamaguchi-ef58148 スロ62系(?)5連を牽く148号機。国鉄時代の定期列車はいずれも長大編成が多く、団臨などで6連以下の短編成を見ると新鮮に感じたものですね。
撮影:山口裕志さん  根府川―真鶴 1981.11.14
ef5852-ef58148 大宮工場で整備を受ける東京区のEF58は正面窓が黒Hゴム仕様なのですが、この148号機だけは転属前の宮原区時代に改造された白Hゴム仕様のままの姿で晩年まで走り続けました。」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん   熱海―函南 1984.1.7
inayuki-ef58148 50系客車の新製回送を牽く148号機。50系とEF58の組み合わせは結局定期運用では実現しませんでした。それにしても今やオリジナルの50系が全滅というのも何とも…。
撮影:急行伊奈ゆきさん   豊橋―西小坂井 撮影年月日不明

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