ELECTRIC LOCOMOTIVE EF58  Vol.12
EF58 73〜87

Last Update 2016.6.16

Index EF5873 EF5874 EF5875 EF5876 EF5877 EF5878 EF5879
EF5880 EF5881 EF5882 EF5883 EF5884 EF5885 EF5886 EF5887

 第5次増備車(73〜87号機)

昭和30年7月の東海道本線米原電化用として製造されたグループで、第4次型に引き続いて前面窓の小窓化、昇降手すりの短縮、水切りなどの取付が行われています。さらに、80号機からは前灯のケースがLP402型用の大型のものに変更されました。また、86・87号機はパンタグラフも新型のPS15型で登場しています。

※印…主な特徴です。画像をクリックすると大きなものが表示されます。

 EF58 73〔宇都宮(転)〕
6348-EF5873 東京区の元御召予備機。他の仲間が青色の新標準色へ塗り替えられた後も、しばらく60号機や61号機と同じぶどう色の姿のままだったことで有名でした。ヘッドマーク取付座の下側に、国旗掲揚装置の取り付け用のボルトが付けられたままになっています。ワイパーは機関士側が例によってWP50に換装されていますが、水切り部の湾曲は61や123号機などと違いわずかとなっています。

※電暖 元お召し予備機 原形小窓 原形フィルタ
撮影:6348レさん  上野 1976(?)
製造年月日:S30.3.29
製造:日立製作所
廃車:S57.2.4〔宇都宮(転)〕
Nishino-EF5873 リンクでお世話になっている西野さん撮影。東北方面への帰省臨牽引で品川に顔を出した時の姿だそうです。同機は1971年に東京区から宇都宮区へ転属し、その後ぶどう色からブルー塗装に塗り替えられましたが、1972年撮影というとその直後の姿でしょうか。

撮影:Y.NishinoさんY.Nishinoのホームページ)  品川 1972.8
ef5853-EF5873 「もしかしたら・・・と57を期待していたのですが、全部ハズレ。58ばっかりでした。73はたぶんこっちサイドの写真しかないはずです。(逆から撮ると、お召し予備の名残の標記入れが見える。当時は知りませんでした。)」(EF5853さん)
撮影:EF5853さん  1101レ「新星」  上野 1977.3.18
「旧宇都宮機関区で並ぶ元お召し予備機73号機と、未だ現役の122号機、また122号機は黒磯側の窓のみ、Hゴムの色が左右違っていましたね。」(akiraさん)
撮影:akiraさん(AKIRA STATION)  宇都宮運転所 撮影年月日不明
ef5858-ef5873 「スロ62系を引く73号機。この日、予定外の珍客でした。」(EF5858さん)
撮影:EF5858さん    宇都宮―雀宮 1977年頃
 EF58 74〔米原〕
6348-EF5874 米原区独自のワイパーカバーを装備した74号機。同機は元々のヘッドマーク取付座のすぐ上にもう一組取付座が付けられています。これは昭和47年の関西ブルトレ対策でP型改造と共に行われました。パンタグラフはPS15に換装されてます。

※P型 原形小窓 原型ワイパー ワイパーカバー ヘッドマーク取付座増設
撮影:6348レさん  9340レ 81系(名ナコ) 早川 1980.6.22
製造年月日:S30.3.12
製造:日立製作所
廃車:S60.6.3(稲沢)
kk0630-EF5874 同機が運用を外れたのは59.2改正だったと思いますので、この写真は既に休車時のものだと思いますが、今にも走り出しそうに綺麗に磨かれた車体が、米原区の方々によっていかに大切にされていたか感じさせます。
撮影会に際して塗られたのか、連結器解放テコと連結器が銀色に塗られています。ワイパーカバーは機関助士側が外され、機関士側のみになっています。
撮影:kk0630さん  米原機関区 1985.3.10
EF5852-EF5874 「下関集中配置される3ヶ月前の米原区時代の74号機牽引の団臨仕業です。米原区の特徴であるワイパーカバーが機関士側のみ装着されています。反対エンドは逆に機関助士側のみ装着されています。」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん  藤枝―島田 1984.1.5
Tc153-501-EF5874 「2エンド側ワイパーカバーは、この頃まではちゃんと両窓に装備されていました。(1エンド側は既に1個欠落)」(Tc153−501さん)
撮影:Tc153−501さん  荷36レ  国府津 1982年?
suzuki-ef5874 米原機関区撮影会でお召し装備を披露する74号機。国鉄末期にはこうした撮影会が数多く行われたようです。
撮影:クモユニ143さん  米原機関区  1984.8.3〜1984.8.5
H-yamaguchi-ef5874 大阪駅での米原と浜松のEF58の並びです。こうして並ぶとおでこのRの付き方や水切りの位置など、その差異が良く分かります。
撮影:山口裕志さん  74号:荷39レ 161号:回5241レ  大阪 1981.3.27
yamamoto-ef5874 「つるぎ」のヘッドマークを付けた勇姿。老いたりと言え特急牽引機の風格が漂います。
撮影:山本直道さん  向日町運転所? 1975年頃
fj62g-ef5874b 米原機関区撮影会で顔を並べた74号機と96号機。「さくら」と「つばめ」のヘッドマークを付けた姿ですがブルーの新標準色にこのヘッドマークはちと似合わないような…。。 (^_^;)
撮影:FJ62Gさん  米原機関区 1985.4.28又は29
 EF58 75〔宮原〕
6348-EF5875 こちらも米原区時代にワイパーカバーを装備していた75号機。水切り部分にその跡が残っています。こちらは原型のPS14Aパンタ。

※原形小窓 原型ワイパー
撮影:6348レさん  早川 1979
製造年月日:S30.3.19
製造:日立製作所
廃車:S55.10.21〔浜松〕
ef5829-ef5875 「重連急行で有名だったちくまです。前機は前日の荷35レで西下して名古屋でマルヨし、翌日は名古屋ー京都間この重連となりました。(季節列車のため、ちくま運休時は単機) ただ、名古屋発が午後5時位なので夏期しか撮れないという悩みがありましたが。」(EF5829さん)
撮影:EF5829さん  7802レ「ちくま1号」  清洲―稲沢 1978.5.3
ぶどう色時代の75号機の麗姿です。前灯のLP402化、側面の昇降段の欠き取りは施工済みですが、前面手すり・踏板の取り付けがまだ行われていません。
「私には前面クリームべったりのブルー一般色のEF58はどうも馴染めません。写真は昭和38年2月、大阪駅で撮影した茶色時代のEF5875です。中学生当時の私は前頭部がお気に入りで、このような中途半端な画像になってしまいました。特徴的なワイパーカバーが当時から装備されていました。」(747-400アッキーさん)
米原区独自のワイパーカバーの取り付けは「EF58ものがたり」によると昭和35年から37年にかけてだそうです。
撮影:747-400アッキーさん    大阪 1963.2.24
 EF58 76〔宮原〕
ef5853-EF5876 「線路に近いアングルです。ワイパーカバー付き原型小窓、米原の特徴をもったカマでしたが、これがワタシの唯一の76の写真になっています。」(EF5853さん)

※原形小窓 原型ワイパー ワイパーカバー
撮影:EF5853さん  荷39レ 安芸幸崎―須波 1979
製造年月日:S30.4.14
製造:日立製作所
廃車:S55.10.21〔浜松〕
ef5829-ef5876 「夕刻近い時刻の通過ですが、真夏ISO400フィルム、逆光側の要素により黒い写真となってしまいました。」(EF5829さん)
撮影:EF5829さん  7802レ「ちくま1号」(次位は143(宮))  清洲―稲沢 1978.7.26
H-yamaguchi-ef5876 米原区で取り付けられたワイパーカバーが特徴の同機。
「EF5876牽引の荷35レです。76号機にはこの日を含めて2回しか会えませんでした。」(山口裕志さん)
撮影:山口裕志さん  荷35レ 八丁畷 1980.3.12
ohno-ef5876 20系「銀河」の先頭に立ち一路東京を目指す。
「EF5876は宮原区には珍しいワイパーカバー付き機関車で、荷35レの先頭で撮りたかったのですが、かないませんでした。」(ohnoさん)
撮影:ohnoさん  104レ「銀河」 新子安―鶴見 1977.7.20
c11204-ef5876 同じ「銀河」でもこちらは20系化前の姿です。かつての「つばめ」「はと」で活躍した元特急車・スハフ43,スハ44をはじめ10系寝台車で組成された「銀河」を牽く76号機。
撮影:C11204さん   104レ「銀河2号」  根府川付近 1975.11.23
ef5831-ef5876 「京都駅1番線に夕闇迫る頃北陸本線回りの荷物列車を牽引してSGを吐きながら到着しました。ヘッドライト光が強く機関士に断ってストロボを焚きました。結果ご覧のように反射でナンバーが飛んでしまいました。北陸本線の仕業は、米原区本来の姿で、日本海やつるぎのヘッドマークも誇らしげに快走する、その勇姿を見てみたかったです。」(EF5831さん)
かつての東海道夜行急行全盛時代を思わせる雰囲気ある写真ですね〜。
撮影:EF5831さん     京都  1980.3頃?
 EF58 77〔米原〕
6348-EF5877 更新改造で印象の変わった77号機。パンタもPS15です。同機も元関西ブルトレ対策整備で々のヘッドマーク取付座のすぐ上にもう一組取付座が付けられています。これは、後から取り付けられた前面ステップがヘッドマーク取付に支障するため。同機は昭和50年の滋賀県植樹祭の御召し列車の御召し予備機に指定されています。

※P型 ヘッドマーク取付座増設
撮影:6348レさん  早川 1979
製造年月日:S30.3.9
製造:東京芝浦電気
更新年月日:S47.10.11
改造:鷹取工場
廃車:S59.11.5〔下関(転)〕
morishige-EF5877 「彗星」の先頭に立つ77号機。同機は晩年の59.2に下関へ転属するまで新製配置以来ずっと米原区を離れることはありませんでした。昭和47年10月に鷹取工場で更新改造が行われています。この写真の頃のパンタはPS14Aです。
撮影:Morishigeさん  3006レ「彗星2号」 大阪 1973.8
EF5852-EF5877 「デビュー間もないナコ座を牽引する77号機です。米原区では更新改造を受けたのは36号機とこの77号機のみでした。晩年はPS15パンタグラフに交換されていました。」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん  藤枝―島田 1983.9.12
nijinochichi-ef5877 品川で入れ換え作業中の?77号機。鷹取工場施行の更新改造の特徴である白Hゴム、上寄りの水切りが良く分かります。
撮影:二児の父さん  品川 撮影日不明
H-yamaguchi-ef5877 81系お座敷を牽く77号機。この新子安駅は20年以上経った今でもほとんど変わっていませんね。他の名撮影地が消えていく中、奇跡的と言えるかも知れません。
撮影:山口裕志さん  新子安 1982.2.5
H-yamaguchi-ef5877 東京機関区で出区準備中の77号機。給水口から水を放出中の珍しい姿ですね。
撮影:山口裕志さん  東京機関区 1981.3.18
ef5831-ef5877 「77号機は米原区同僚の中でも異端中の異端機。白Hゴムと標識灯改造を受けておりしかも水切りが窮屈そうです。これも配給列車なのでしょうかオユ2両にスニでしょうか?全てがブルーでなかなかの絵です。」(EF5831さん)
この列車について草津に住む大阪人さんから次のようなご指摘を頂きました。
「この列車は配給列車ではなく、米原発大阪行の荷1043レです。機次位が大ミハの大郵5運用オユ10、その次が大ミハの大郵6運用オユ10、その次は金トヤの金荷1運用マニ36です。これが所定の編成だったのです。青色のマニ36は珍車です。」
撮影:EF5831さん     山崎―神足  1981.7.25
hokkyoku-ef5877 最晩年の下関時代の姿。スチーム全開!
撮影:北極ぐま閣下さん     大阪  1984
karashima-ef5877 同じく下関集中配置時代。汚れた姿が少々哀れです…。
「正真正銘、これが東海道筋で私が見た、最後の58となりました。」(辛子真緑さん)
撮影:辛子真緑さん  単2030レ  大阪 1984.2.28
sugi-EF5877 本機は1975年5月に運転された滋賀県植樹祭(61号機牽引)で147号機と共に予備機に指定され美しく整備されました。お召から2か月経た姿ですが、まだまだ輝きを保っています。お召当日はこの2エンドに旗を付けた姿で待機していますが、旗竿の取付金具と旗竿受け台の設置跡がこの写真では見当たりません。当日の写真を見るとどうやら金具は下寄りに付いたヘッドマーク取付座を利用し、受け台は前面ステップ上に設置した様に見受けられます。
「滋賀県植樹祭のお召し予備機として整備された状態の姿です。各部に銀色の色差しで化粧されています。さすがに締結機は剥げ出していますね。」(針葉樹林鉄道研究会の杉さん)
撮影:針葉樹林鉄道研究会の杉さん     米原 1975.7.25
 EF58 78〔米原〕
ef5853-EF5878 米原区の78号機。同区独自のワイパーカバーが印象的です。 このワイパーカバーはKW3Dの取付部からの風圧による水漏れを防止する目的で付けられたものです。 

※P型 原形小窓 原型ワイパー ワイパーカバー ヘッドマーク取付座増設
撮影:EF5853さん  501レ「きたぐに」  大阪 1979.3.24
製造年月日:S30.3.15
製造:東京芝浦電気
廃車:S56.6.1〔米原〕
nishino-EF5878 「つるぎ」のヘッドマークがよく似合う78号機の晴れ姿。やはり、良いですねー…。(*^_^*)
撮影:Y.NishinoさんY.Nishinoのホームページ)  4006レ「つるぎ」 大阪 1973.8.20
morishige-EF5878 こちらは「日本海」の先頭に立つ姿。50.3改正でそれまで米原経由で運転されていた「日本海」「つるぎ」は湖西線経由に変更され、合わせて牽引機もEF81に変更されました。この頃の米原区のEF58は全てP型機で、その運用も旅客列車のみというエリート運用でした。
撮影:Morishigeさん  大阪 1973.8
moterman-ef5878 昭和56年ともなると、EF58の引退もいよいよ本格化してきました。運用を離脱し休車中の78号機。 機関助士側のワイパーカバーが外されています。これは1エンド側です。
撮影:もーたーまん@鈴木さん  米原機関区 1981.3
ef5831-ef5878 14系ハザで組成された「雲仙・西海」を牽き、終点新大阪を目指す78号機。ゴハチの長い車体が強調されるアングルです。
「次位の14系ハザと比べてみるとゴハチのそのロングボディが良く分ります。こんなに美しいサイドビューの機関車はゴハチを置いて他に無いでしょう。」(EF5831さん)
撮影:EF5831さん  202レ「雲仙・西海」  大阪 1978.8.6
tanaka-EF5878 わずか3両の荷物列車を牽いて山崎を通過する。流石に3両ではゴハチにとっては荷が軽すぎでしょうね。SGにも余力があるのか安全弁からスチームが流れています。上の休車中の写真と同じ1エンドですが、機関助士側のワイパーカバーは曲がってはいますが健在です。
撮影:田中富雄さん   下り荷レ   山崎―高槻 1978頃?
sugi-EF5878 大阪駅に停車中の78号機の2エンド側です。さて、この写真、拝見してびっくりしたのですが良く見ると左右の前面窓の下、丁度上部のワイパーの取付位置と同じあたりに何やら突起物が見られます。(拡大はこちら)突起の形状もEF15に見られる手動式ワイパーの取付跡に似ています。この時期の本機の写真を調べると同様の突起が確認できる物があり、もしかしたらこの時期にワイパーを下部に移設又は増設した、もしくはしようとした痕跡かもしれません。詳細は不明ですが今後、調べていきたいと思いますので 他にお写真お持ちの方いましたら是非!
撮影:針葉樹林鉄道研究会の杉さん   42レ「あかつき1号」  大阪 1975.7.21
sugi-EF5878
米原区で憩う同機。こちらは1エンド側です。この1エンド助士側ワイパーカバーはかなり前面に突出しています。手作業で後付されたワイパーカバーの形態は号機ごとと言うより取付箇所ごとに結構異なっていますね。
撮影:針葉樹林鉄道研究会の杉さん  米原機関区 1976.3.18
sugi-EF5878
「1エンド側には手動ワイパ(?)の跡のようなものはありません。残念ながら、この時、2エンド側は撮影してません。米原区の特徴であるワイパーカバーは、1エンド側は左側、2エンド側は右側が水切りよりも前に飛び出しています。」(針葉樹林鉄道研究会の杉さん)
撮影:針葉樹林鉄道研究会の杉さん  米原機関区 1976.3.18
 EF58 79〔米原〕
6348-EF5879 米原区独自のワイパーカバーを装備していた79号機。この1エンド機関士側のカバーは、他の箇所より大きなサイズです。同機もヘッドマーク取付座が二組付けられています。P形特有のにぎやかな前端バリが印象的。

※P形 原形小窓 原形ワイパー ワイパーカバー ヘッドマーク取付座増設
撮影:6348レさん  荷36レ  早川 1979
製造年月日:S30.3.17
製造:東京芝浦電気
廃車:S56.6.1〔米原〕
morishige-EF5879 「あかつき」の先頭に立つ79号機。47.3改正から50.3改正までの3年間はゴハチ最後の黄金期と言えましょう。米原区のゴハチも山陽筋の寝台特急の牽引に活躍しました。
撮影:Morishigeさん  大阪 1973.8
yamaguchi-ef5879 こちらも「あかつき」牽引の同機。50.3改正前は同区のゴハチはこの「あかつき」をはじめ「日本海」、「つるぎ」のブルトレ牽引を担当。
「EF58ブルトレが復活し,まさに全盛期だった頃です。夕方〜夜の大阪駅にはEF58ブルトレが雁行し,65の影が薄かったように覚えています。」(山口正洋さん)
撮影:山口正洋さん (75茶屋)    大阪 1974.4.1
moterman-ef5879 上の78号機と共に休車となった79号機。
撮影:もーたーまん@鈴木さん  米原機関区 1981.3
EF5879 14系座席車で組成された「くにさき」を牽く。こちらは1エンド側で、一番上の6348レさんの写真同様、機関士側のワイパーカバーのみ助士側や2エンド側と比べて大きな物になっています。残暑が厳しいのでしょう、運転室の乗降扉が開けっ放しになっています。ゴハチは前面に通風口が無いので真夏の運転室内はさぞ暑かった事でしょう。
撮影:針葉樹林鉄道研究会の杉さん  206レ「くにさき」  住吉―摂津本山 1975.8.19
 EF58 80〔米原〕
EF5880 美しく整備された米原区の原形小窓機。かつての20系寝台牽引に際しP形改造されています。米原区の機関車はゴハチに限らずいつ見ても綺麗だった印象があります。本機のパンタはPS15に換装されています。ワイパーは原形の多かった米原のゴハチにしては珍しく機関士側、機関助手側共WP35でした。同機もヘッドマーク取付座が増設され、上下に二組設置されています。

※P形 原形小窓 PS15パンタ ヘッドマーク取付座増設
米原機関区 1980.8.25
製造年月日:S30.4.9
製造:東京芝浦電気
廃車:S58.2.18〔米原〕
EF5880 同じく米原区で待機中の同機の正面です。増設されたホース類で賑やかな前端バリはP形の証です。原形小窓機の前面は、優雅な大窓機に比べるとキリリと引き締まった精悍な表情です。通常のヘッドマーク取付座のすぐ上に増設された取付座が見られます。
米原機関区 1980.8.25
EF5880 荷物列車を牽き東海道を快走する80号機。
荷36レ  早川―根府川 1981.4.19
EF5880 大阪駅で入れ換え中の姿です。一番上の写真からわずか1週間後の姿ですが、その間に台風が通過した事もあり車体が随分汚れています。運転室部分が絞られたゴハチによる入れ替えや機回しでの後方確認は、こうして見てもやはりやりづらそうですね。 ホーム上のズラリと並んだ洗面設備が在来線の黄金期を偲ばせます。
大阪 1980.9.1
EF5880 入れ換えを終了してホームでポツンと発車を待つ80号機とマニ36。いつもの綺麗な米原機の印象からするとえらく汚れています。まるで宮原区や浜松区のゴハチのよう…と言ったら両区に申し訳ないですね。(^_^;) 米原区に比べて両区のゴハチの運用は過酷だった面もあります。
回5242レ  大阪 1980.9.1
ef5852-EF5880 「団臨仕業に充当された80号機です。この当時の国鉄沿線は、タイガーロープやフェンスが設置されている場所は、少なかったのですが、雑草だらけで撮影には苦労しました。同機は、他の米原区配置のカマよりも早く昭和58年に廃車になりました。」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん  藤枝―島田 1981年
H-yamaguchi-ef5880a 新製配置こそ沼津ですが、製造年の昭和30年12月から廃車までその一生のほとんどを米原区で過ごしました。
撮影:山口裕志さん  荷36レ  東戸塚―横浜羽沢 1981.10.20
H-yamaguchi-ef5880b 自慢のヒゲをキラリと輝かせて走る80号機。米原のカマはいつ見てもヒゲが綺麗でしたねぇ。
撮影:山口裕志さん  荷36レ  大船 1981.10.22
c11204-ef5880 スロフ62、スロ62の7連で組成された団臨を牽く。車体左下の標識灯掛け付近にかつての「つばめ」「はと」牽引時に取り付けられた列車無線連結栓とそのコードが確認できます。
撮影:C11204さん    小田原 1979.7.10
かつての東海道線名撮影地、金谷〜島田を行く荷物列車。この頃になると後ろの荷物車もマニ50やパレット車などが多くなってます。
撮影:佐々木さん  荷36レ  金谷―島田 1981.3
 EF58 81〔広島〕
EF5881 更新改造にPS22Bパンタグラフの姿に、広島区独自の一体型ひさしを付けた81号機。この一体型ひさしは広島区に配置されていた8,15,16,17,20,62,65号機とこの81号機に「ひさし整備」として取り付けられたものです。同機は米原区時代に数回御召し予備機に指定されており、ヘッドマーク取付座の下方に旗竿受け台の取付ボルトが残っています。
6344レ  大井町―大森 1980.9.23
製造年月日:S30.6.1
製造:東京芝浦電気
廃車:S58.3.28〔広島〕
EF5853さん撮影の広島運転所派出に並ぶゴハチ群です。左からEF5813[広] 一休、EF5881[広]、EF588[広]?、EF58115[広]、EF58156[浜]。

※P型 更新改造 左右一体型ひさし PS22Bパンタグラフ 旗竿受け台ボルト
撮影:EF5853さん  広島運転所 1980.8.9
KK0630-EF5881 一体型ひさしに更新改造の独特の表情の81号機。原形の美しいカマと共にこうした個性的な顔つきのカマの存在があったからこそ、ゴハチはファンの心をとらえたのだと思います。
撮影:kk0630さん  東京 1982年頃
yamaguchi-ef5881 更新改造、一体ひさし改造前の美しい81号機が牽く「あかつき」。同機には米原区時代に取り付けられたワイパーカバーも健在です。
「夕暮れ時の大阪駅はEF58ラッシュでした。」(山口正洋さん)
撮影:山口正洋さん (75茶屋)  大阪 1974.4.1
moterman-ef5881 上の「あかつき」の写真とほぼ同地点で撮られた81号機。改造による形態の変化が良く分かりますね。
撮影:もーたーまん@鈴木さん  臨時「明星」?  大阪 1981.8.11
ohno-ef5881 53.10改正で東の荷35レの重連が消滅すると、今度は西の荷37レでゴハチ重連が復活。次位は回送扱いの為片パンですが、とは言えゴハチ重連はやはり魅力がありますね。
撮影:ohnoさん  荷37レ  小郡 1979.8.18
H-yamaguchi-ef5881 団体臨時列車で20系を牽引する。更新改造機&広島タイプという特異な出で立ちの同機ですが、なかなかどうして20系との組み合わせも様になりますね。
撮影:山口裕志さん   保土ヶ谷 1981.9.21
H-yamaguchi-ef5881b 12系12連の先頭に立ち大船駅へ進入する81号機。やはりゴハチには長編成が似合います。
撮影:山口裕志さん   大船 1980.9.23
ef5831-ef5881 昭和52年5月に特徴ある一体ヒサシと更新改造が行われた同機の原形小窓時代の姿。上の写真と比べるととても同じカマとは思えないですね。(^^;)
撮影:EF5831さん  「彗星」  大阪 撮影年月日不明
ef5831-ef5881b 闇に浮かぶ二つ目…。輝く標識燈が何とも不気味な感じを醸し出してますね。原形の標識燈に比べ、外嵌め式の標識燈はレンズ部分の直径が大きい為、点灯するとかなり目立ちます。
撮影:EF5831さん    下関 1978.1.2
 EF58 82〔広島〕
EF5882 外蓋式標識灯にPS22Bパンタグラフの姿ながら、ワイパーは原形のKW3Dの腕折れ式(元々は直腕式)というアンバランスな形態の82号機。したがって水切りの位置は上がっていませんが、ご他聞に漏れず水切り自体はHゴム支持改造時に幅広になっています。後ろは鳥栖の81系お座敷です。(ゴハチ信者さん、ご指摘ありがとうございます。)

※P型 原形ワイパー 更新改造 PS22Bパンタグラフ
6347レ  大井町―大森 1980.9.23
製造年月日:S30.3.18
製造:川崎車輌・川崎重工
廃車:S56.3.7〔広島〕
6348-EF5882 お馴染み6348レさんよりEF5882のおもちゃ画像と一緒に20系を牽く実機のお写真も頂きました。
「この20系は団臨の回送でしょうか?転属でしょうか?今となってはわかりません。」(6348レさん)
撮影:6348レさん  回8113レ  早川 1979.10.20
ohno-ef5882 広島近郊を行く82号機。同機のワイパーは元々はKW3Dの直腕式ですが、昭和30年代後半に腕折り式に変更されたようです。(EF58物語より)その際にわざわざ取付位置まで変更していることから、もしかしたら他の直腕式KW3Dについても改造する予定があったのかもしれません。
撮影:ohnoさん  9425レ  広島近郊  1980.9.9
H-yamaguchi-ef5882 Hゴム窓ながら水切り位置が原形と言う、ちょっと不思議な印象の顔立ちです。当時、広島のゴハチは定期運用で関東に来なかったので、団臨で東上した際が数少ない撮影チャンスでした。
撮影:山口裕志さん   戸塚 1980.9.20
sugi-ef5882 原形のPS14パンタ時代の同機が牽く「あかつき」です。
「ダイヤの大改正(新幹線博多開業)直前で、朝から同じ場所で1日中撮影しましたが、この日はヘッドマーク着きのゴンパチ(EF58のことを仲間内ではこう呼んでいました。)は1台もなく、本当にがっかりしたのを覚えています。」(針葉樹林鉄道研究会の杉さん)
撮影:針葉樹林鉄道研究会の杉さん  36レ「あかつき6号」  摂津本山―芦屋 1975.3.9
sugi-ef5882
パンタが降りていて分かりづらいですがこちらもおそらくPS14パンタ時代と思われます。
撮影:針葉樹林鉄道研究会の杉さん  向日町運転所 1976.3.18
 EF58 83〔宮原〕
6348-EF5883 更新改造を受けながら、ワイパー、水切りが原形。前面窓下の手すり、ステップが未取付、側面屋根昇降段の欠き取りもされていない83号機。この辺がゴハチの奥の深いところで…。同機は前面窓のHゴム改造の第2号機で、昭和34年に早くもHゴム改造されています。試験的に行われた物のようで、窓の左右長が他のHゴム小窓機よりも若干狭く、水切りも原形幅のままとなっています。

※原形ワイパー 更新改造 前面ステップ、手すりなし 昇降段欠き取りなし
撮影:6348レさん  104レ「銀河」  早川 1979
製造年月日:S30.3.10
製造:川崎車輌・川崎重工
廃車:S54.9.20〔宮原〕
Mr.slim-EF5883 その窓周りのアップです。窓の左右幅が狭く、水切りもHゴム改造に合わせて幅広にした物ではなく原形のままです。他のHゴム機と比べると、左右の水切りの間隔や中央の窓枠の幅が広くなっています。
撮影:Mr.スリムさんMr.スリムの道楽部屋  浜松 1974年頃?
ohno-ef5883a 原形窓をHゴム支持化する際、元の窓枠のままだと水切り(つらら切り)にHゴムが干渉してしまうため、通常は水切りを幅広にして対応しています。これは新製当初からHゴム窓となった機も同様です。本機の場合はHゴム化の試験と言うことで窓幅を狭くして対応したものと思われます。
撮影:ohnoさん  荷35レ  品川 1977.1.6
ohno-ef5883b 窓幅が狭いことがこのアングルだとより強調されます。
撮影:ohnoさん  荷32レ  横浜―鶴見 1977.7.25
H-yamaguchi-ef5883 夏休み中だからでしょうか?わずか4両という短編成の荷物列車を牽く姿。
この列車について草津に住む大阪人さんから次のようなご指摘を頂きました。
「この荷レは宇野発京都行の荷2046レで、これが所定の編成だったのです。廃車一月半前の姿ですね。」(草津に住む大阪人さん)
撮影:山口裕志さん   荷2046レ  塚本 1979.8.3
saito-ef5883 一般形客車で組成された急行「銀河」を牽き東京駅13番線に進入する83号機。Hゴム窓の幅が狭いのが見て取れます。隣の新幹線ホームと写真を撮っている人たちの服を見ると夏場のようなので、1974年夏頃の撮影でしょうか…。
撮影:齋藤克美さん  東京 1974夏?
 EF58 84〔宇都宮(転)〕
198104-ef5884-3 急行「津軽」?を牽いて、早朝の赤羽駅構内を駆け抜ける。現在は赤羽駅構内も新幹線開業などで大きく変わっています。
本機は50.3改正で新設された20系特急「北星」牽引用に広島から宇都宮に転属したP形6両(65,84,85,114,116,117)の1両で、広島機に多く見られた屋根昇降段の欠き取りが未施工機です。

※電暖 P型 昇降段欠き取りなし ヘッドマーク取付座位置変形
赤羽付近 1981
製造年月日:S30.3.12
製造:三菱電機・新三菱重工
廃車:S58.12.6〔宇都宮(転)〕
ef5852-ef5884 「10系寝台車を従えて終点上野を目指す84号機です。 屋根昇降段が欠取りされておらず原型を保っているのが確認できます。」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん  尾久―上野 1982.5.3
ef5858-ef5884 宇都宮運転所で休む85号機。同機は広島区時代に関西ブルトレ牽引整備時にでヘッドマーク取付座が正規の位置の上方(前面ナンバーが隠れる位置)にもう一組取り付けられました。前面踏み板未取付で正規位置でもヘッドマーク取付に支障は無かったはずなのに、なぜ、こうなったかその詳細は不明です。なお、同機はこの後昭和54年に大宮工場で踏み板取付が行われています。
撮影:EF5858さん  宇都宮運転所 1977.1
ef5858-ef5884b 最後のゴナナ稼働機となったEF57 7と仲良く顔を並べる84号機。同機の可動式雪かき器のロッド部分にも61号機同様のカバーが取り付けられています。
撮影:EF5858さん  宇都宮運転所 1977.3
H-yamaguchi-ef5884 品川から横浜羽沢への重単で有名だった単2033レ。本務の140号機だけでなく84号機もパンタが上がっていますね。
54.10(1979.10)改正で登場したこの回送は当初浜松と宇都宮のゴハチでしたが、55.10以降、浜松のゴハチが宮原に変わっています。
撮影:山口裕志さん  単2033レ  品川 1981.8.20
ef5831-ef5884 12系客車を牽く84号機。
なんだかHM取り付けフックがたくさんついていて不思議な顔です。下りの臨急牽引でしょうか?後ろで解体待ちのヨなどが懐かしいです。」(EF5831さん)
撮影:EF5831さん    大宮 1978.8
fj62g-ef5884a 宇都宮運転所で後輩EF651032と憩う。何だか2両の会話が聞こえてきそうです。

撮影:FJ62Gさん    宇都宮運転所 1982.11頃
 EF58 85〔宇都宮(転)〕
EF5885 いよいよ写真が苦しくなってきました。(^_^;) 取り敢えず無いよりマシかと…。この85号機も50.3改正で新設された20系特急「北星」牽引用に広島から宇都宮に転属したP形6両(65,84,85,114,116,117)の1両で、広島機に多く見られる前面窓下の手すり、ステップが未取付で側面の屋根昇降段が未欠き取りでした。ワイパーは左右ともWP50です。

※電暖 P型 前面手すり、ステップ未取付 昇降段欠き取りなし
上り「北星」 上野 1976.8.7
製造年月日:S30.3.23
製造:三菱電機・新三菱重工
廃車:S58.12.6〔宇都宮(転)〕
hiramatsu-EF5885 「ここは、架線柱の配置が特殊で上り列車の撮影がしやすかったと思います。記憶違いならお許しください。撮影日は1979.5頃だと思います。とても、熱かった記憶があります。 場合によっては、1978.9頃かもしれません。東北本線の客車列車はこのあとすぐになくなってしまったと思います。」(S.Hiramatsuさん)
青色と茶色の混色の旧客編成も懐かしいですね。

撮影:S.HiramatsuさんPassenger Cars Room  古河―栗橋 1979.5?
kumoyuni143-EF5885 Hゴム前面窓にP型、電暖装備の賑やかな前端バリと前面手すりやステップが無いすっきりした部分の対比が独特です。
撮影:クモユニ143さん  上野 1984
H-yamaguchi-ef5885 今は無き、東京駅11番線に入線する。神田方でぐっとカーブした12番、13番ホームの形状も懐かしいですね。
撮影:山口裕志さん   荷2935レ  東京 1979.4.22
H-yamaguchi-ef5885b 昭和50年3月に新設された東北線の20系ブルトレ「北星」牽引用に広島区から宇都宮区に転属した85号機。その為、前面窓下手すり、ステップ未取付、側昇降段欠き取り無しと言った広島区の特徴を有していました。
撮影:山口裕志さん   上野 1980.12.29
fj62g-ef5885a 宇都宮運転所に居並ぶEF58群。と言っても赤錆びた連結器や先輪を見ても分かるとおり休車状態と思われ、かつての活気あるとは違った寂しい印象です。

撮影:FJ62Gさん    宇都宮運転所 1983年頃
shizuhata-ef5885 50.3改正で新設されたばかりの20系特急「北星」の先頭に立つ。この頃が宇都宮のゴハチにとって最も輝いていた時代と言えましょう。
撮影:しずはたさん  32レ「北星」  西川口 1975.8
 EF58 86〔高崎第二〕
上野―高崎間に最後まで残った普通列車の先頭に立つ86号機。最初のPS15パンタグラフ装備機で、小型の汽笛カバーが珍しいです。ネガが見つからずサービス版のプリントからスキャンしたのでちょっと分かりにくいですが、同機の前端バリ右側の電暖ジャンパ連結器は、取付ステーが直線タイプの物です。ワイパーは両側ともWP50。上越型には珍しくヘッドマーク取付座を装備しています。この日はこれに乗って高崎まで行って高崎第2機関区を見学…ああ、懐かしい。

※電暖 上越型 小型汽笛カバー PS15パンタ装備1号機 つらら切り上向き
2321レ  撮影地不明(高崎線のどこかの駅)  1979.8
製造年月日:S30.3.10
製造:東洋電機・汽車会社
廃車:S57.3.24〔高崎第二〕
nishimura-EF5886 西村さんが偶然、機関士さんと意気投合し、特別に添乗をさせてもらったときの一コマだそうで、走行中の貴重な写真です。私も停車中のゴハチの運転席には乗せていただいたことがありましたが、残念ながら添乗経験はありませんでした。確かにノッチが入ってますね。
撮影:西村暢彦さん日本国有鉄道礼賛  2321レ 1978.8
hiramatsu-EF5886 Hiramatsuさん撮影の86号機。黄昏に佇む姿が渋いですね。上向きのつらら切りの状態が良く分かるアングルです。
「場所ははっきりしません。最初は高崎駅と思ったのですが、バックにはスハ43らしき客車がみえます。ということは、東北本線のどこかというような気もします。いったい、どこでしょうか。 以外と黒磯かもしれません。」(S.Hiramatsuさん)
撮影:S.HiramatsuさんPassenger Cars Room 撮影地不明 1978年頃
53.10改正での「北陸」14系化を機に、それまで長岡のP形限定だった「北陸」の運用に変化が現れ、上りの牽引機は高崎第二に変更になりました。
撮影:佐々木さん  3002レ「北陸」  長岡 1978.10
深夜の長岡で顔を並べる86号機牽引の寝台特急「北陸」と105号機牽引の寝台急行「天の川」。毎夜繰り広げられた豪華な競演ですが、「北陸」にヘッドマークが無いのが何とも残念です。
撮影:佐々木さん  3002レ「北陸」と802レ「天の川」  長岡 1978.10
夏空の下、信越線を行く。12系9両を牽く姿は、国鉄晩年に臨時列車などでごく当たり前に見られた光景。本線系では特急はもとより臨時でもこれぐらいの長さが普通で、6連などのの短編成は81系お座敷編成あたりからでしょうか。
撮影:佐々木さん   亀田―荻川 1980.8
 EF58 87〔高崎第二〕
EF5887 上越型のゴハチは東海道・山陽地区の物に比べ比較的早く1980年代前半に大半が姿を消してしまいました。パンタグラフは新製時からPS15。上越型には更新改造も結構似合います。ワイパーは機関士側、助士側ともWP50です。86号機と同じくヘッドマーク取付座を装備しています。

※電暖 上越型 更新改造 PS15パンタ装備2号機
回804レ「鳥海」  鶯谷 1980.9.21
製造年月日:S30.5.27
製造:東洋電機・汽車会社
廃車:S58.2.18〔高崎第二〕
上越線の荷物列車を牽き深夜の石打駅に到着。短編成なので国境の山越えは単機で挑みます。ご承知のとおり石打駅では上越国境越えの補機の解結が行われ、深夜から早朝にかけて貨物と夜行客車列車のピークとなる為、一晩中煌々とライトが灯り静かな山間に甲高いホイッスルがこだましていました。 ゴハチの横には今も変わらぬ川岳軒の姿が見えます。
荷2044レ  石打 1980.8.2
nijinochichi-EF5887 東北本線で荷物列車を牽く上越形87号機。
撮影:二児の父さん  東大宮―蓮田 1983.8.17
tc153-501-ef5887 「東大宮操車場入れ替え仕業。スノープロウに書かれた“車両番号”、ゴハチでは珍しいと思うのですが・・・」(Tc153−501さん)
撮影:Tc153−501さん  東大宮(操) 撮影年月日不明
800503-ef5887 人気の無い水上駅に到着した荷物列車。夜中と言うか明け方と言うか午前3時過ぎくらいでしょうか…。
荷2043レ  水上 1980.5.3
ef5831ef5887 東大宮操で待機する87号機。望遠で撮られた姿が何となく模型でも見るような感じです。これぐらいのアングルで見るとつらら切りの大きさが改めて実感できます。
撮影:EF5831さん    東大宮操 撮影年月日不明

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