東宝映画「雪国」(1957年)の鉄道シーン
 
Update 2020.6.1

国境の長いトンネルをぬけると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止った…。」
と言う有名な書き出しで始まる川端康成の小説「雪国」。昭和9年〜12年の戦前の越後湯沢を舞台にしたこの作品は過去、2度の映画化、複数回のテレビドラマ化がなされています。
なかでも最初の映像化として昭和32年(1957年)に東宝が製作した映画(監督:豊田四郎、主演:池部 良、岸 恵子)には、作品の舞台となった上越線の撮影時(昭和31年〜32年冬と思われる)の光景が数多く収録されており、鉄道趣味的にも非常に興味深い作品と言えます。

と言う事で、作品内の鉄道が絡んだシーンのみ紹介したいと思います。キャプチャ画面をクリックすると例によって大きな画面が別画面で表示されます。

映画冒頭、東宝マークに続き上越線、清水トンネル内を行く下り列車の前面展望シーンになり、そのままトンネルを抜けたところでタイトルが表示されます。

映画の公開が昭和32年4月なので撮影はおそらく昭和31年から32年にかけた冬と思われます。その当時、上越線のこの区間は単線時代。複線化によって上り線となった線路を「下る」貴重な前面展望シーンがタイトルバックの間、映し出されます。

現在、下り線は新清水トンネルを通るルートの為、小説通り「清水トンネルを抜け雪国に入る」光景を見ることは叶いません。

タイトルから本編に入る時にそのままカメラが右にパンして雪山を写し出すので、撮影は機関車車内ではなくデッキ上から行なったものと思います。
土樽駅に到着する列車。牽引機は暖房車を引き連れたEF1213。前燈は150WのLP42です。この頃は高崎第二区配置ですが、この冬長岡第二区と水上区に貸し出されています。

この一連のシーンは周囲の山影から実際に土樽駅で撮影したものと思われます。映画の設定年代であれば土樽は駅ではなく信号所時代でED16かEF51が牽いているはずですが、この時期の上越線はEF12、EF13、EF15、EF16に加えてEF57が活躍した時代です。駅名標が右書きなのは撮影用に誂えたものでしょうか?

暖房車から立ち上る黒煙がまるでSLを次位に連結している様です。蒸機牽引ほどでは無いにしても暖房車の煙もトンネル内では結構大変だったのではないでしょうか。
同じく土樽停車中の下り列車です。映画的には同じ列車ですが実際にそうかは分かりません。やはり暖房車からの煙がすごいですね。

スハフ32?から顔を出すのは若かりし頃の八千草薫。駅長さん(と言っても役者ですが)が肩に掛けたタブレットからも単線時代と分かります。
土樽を発車していく下り列車。最後尾の形式は何でしょう?尾灯の位置が独特ですが客車には詳しくないので特定できません。

合造車で客室部分は広窓、車端部は絞られていない様ですが折妻に見えます。スハニ32の一族でしょうか?
続いて越後湯沢駅に進入する映画内では上と同じ列車です。背後の山影から実際に越後湯沢駅に到着する下り列車を撮影したものと思われます。在来線構内の雰囲気は現在もあまり変わっていませんね。
牽引機がEF12から撮影当時の上越線客レのエースEF57に変わっていますので、上とは別の列車と思われます。

この列車、せっかく蒸気暖房付のEF57牽引なのになぜか暖房車を連結しています。普段は暖房を持たないEF12やEF13などが牽引する列車にEF57が充当されたのか、撮影用にロケ専用列車があった(鉄道ピクトリアル 2017年8月)との事なので、それかも知れません。

流線形EF58と同じ可動式雪かき器を装備したゴナナの姿が勇ましいです。また、その後ろに前燈(副燈?)を灯したキ100の姿も見えています。この辺は小説の記述に沿って忠実に映像化しているところみたいです。
同じく越後湯沢駅に停車中のEF577〔長岡第二〕。 雪の付着具合から上の列車と同じと思われます。これからこの列車を絡めたシーンが続きますので、そういった面からも撮影用列車の可能性が高そうです。

EF577は昭和31年8月に沼津区から長岡第二区に転属、上越のEF58と交代しています。反対につらら切りを付けた上越のEF58は全機東海道に移って行きました。

本機は現在も宇都宮市でEG改造された晩年の姿で保存されています。これは当然の事ながらSG時代の姿です。

長岡 新潟方面と2番線の表示がありますが、ここは現在の3番線になると思います。複線化か新幹線開業で変わったんでしょうか。
筆文字の越後湯沢の駅名標が見えますが、昔の駅構内の写真にも同じタイプの物が見られます。
構内踏切を渡ろうとする池部良扮する島村。
改札脇の待合室から見た同列車。機関車前が駅本家に続く構内踏切。

こちらが現在の東口になりましょう。この頃は跨線橋も無く、西口はまだ無かったのかも知れません。
手前の上り線を重連貨物が通過します。先頭はナンバープレートと銘板位置からEF16で次位はおそらくEF15と思われます。

列車通過によって待合室窓に駒子役の岸恵子の姿が映り込む演出が秀逸です。


ここまでが冒頭の鉄道的ハイライトシーンです。
場面変わって、ここから映画中盤のクライマックス、東京に帰る島村が乗る列車を駒子が見送るシーンです。

映画的にも盛り上がるシーンですが、電機好きにとっては作品中最大のクライマックスになります。

東京に向かう上り列車が越後湯沢を発車します。列車種別札、愛称札が挿してあるので、どうやら急行の様です。最後尾はスハフ42でしょうか。
島村が乗る東京へ向かう列車を高台から見送る駒子。大きなカーブで弧を描きながら列車がこちらに迫ります。

ちなみにこのシーンのロケ地は越後湯沢駅から1.5kmほど石打寄り、川端康成が「雪国」を執筆したと言われる「高半旅館」に至る途中の小道と思われます。

また、映画内では上り列車ですが実際は越後湯沢駅を発車した下り列車になります。
列車が迫ってくると堪らず線路に向かって一目散に駆け寄る駒子。駒子役の岸恵子の熱演と抒情溢れる團伊玖磨路の楽曲によって劇中でも屈指の名場面です。
列車の先頭に立つのは旧形電機三重連!先頭からEF13、EF15(2次形以降)、そしてEF57の1号機です。SG付のゴナナを連結しているので暖房車は連結していません。

雪をけたてて走りゆくデッキ付きの旧形電機の三重連がカッコいい!このシーンの為だけでも(個人的には)見る価値ありです!
雪を切り裂きながらそのまま眼前を唸りをあげて通過していきます。

先頭のEF13は凸形時代から水上区の補機運用の中心的存在でしたが、この頃から長岡第二区のEF15が順次EF16(第2次形)に改造され、それとの置き換えが始まっています。
ナンバーは分かりにくいですがかろうじて形式はEF13と読み取れます。
EF16と交代したEF13はその後上越を去り、新鶴見区に移動しています。前燈は薄さからLP42です。

凸形時代から上越国境越えに活躍したEF13ですが、箱形車体に交換されてからの活躍時期は2年ほどと短い期間でした。その為、箱形EF13が上越路を行く記録は少なく、そういう点からもこのシーンは貴重な映像と言えます。
2両目は窓配置からEF15の2次形以降です。
3両目は中央寄りの特徴あるパンタ位置や当時の配置から長岡第二区時代のEF57のトップナンバーで間違いないでしょう。前側のパンタは降りていますね。

ちなみに列車の姿が見えてからここまで1カットで撮影されています。

また、左に見える民家は映画後半に駒子の住む置屋という設定になっています。
Googleストリートビューで見た2014年8月時点での同地点です。

バックの山並みや道の具合から見てこの場所で間違いないでしょう。左隅の民家はさすがに無くなり新たに家が2軒建っていますが当時の雰囲気は残っています。

住所は新潟県南魚沼郡湯沢町湯沢(大字)855付近になります。実際のカメラアングルは現在の上越新幹線の高架下辺りではないかと思います。
続いて上のすぐ次のカットです。
映画的には同じ列車の設定ですが、実際は上とは別の列車を撮影しています。撮影地は上のカットと同じ小道ですが、線路のすぐ脇に寄っています。

こちらも上の列車と同じく機関車は三重連です。雪煙を上げながら目前を通過していく姿は最高です!

先頭は水上区のEF1314。昭和32年3月19日に長岡第二区に移動し翌年3月に新鶴見区に移動しています。前燈はまだLP42です。
駒子の目の前を通過していく列車。
2両目はEF1568〔高崎第二〕。
そして3両目。個人的にはここが一番感激したところです!

何と!EF16改造前のEF1526〔長岡第二〕ではありませんか!!しかも屋根上には水タンク!

本機は昭和32年1月10日から2月27日までEF16改造の為に大宮工場に入場、EF1624として出場しています。よってこのシーンはそれ以前に撮影された事になります。

また、本機はEF1531(EF1628)と共に側窓4枚のEF15第1次形初期の形態が残った物です。
同じくEF1526で屋根上にレール撒水装置の水タンクが載っているのが確認できます。本機に水タンクが試験的に設置されていたのはプレスアイゼンバーンの「電気機関車Vol.2」のEF16改造後の本機の写真、及び記事や履歴で知ってはいましたがEF15時代に水タンクを載せた姿を見たのはこのシーンが初めてです。

履歴によると本機のレール撒水装置取り付けは昭和29年11月5日に大宮工場で行われています。

福島第二区に配置された奥羽線用EF15には全機レール散水装置が取り付けられましたが、長岡第二区のEF15では他に昭和30年3月にEF1525(後のEF1631)に設置された記録があるだけです。

3両目の本機も両パンタを上げています。6個のパンタを上げた三重連、さぞ迫力があったでしょうね。
せっかくなのでこの列車の編成を見てみます。昭和32年前後の客車列車事情を知る上でも貴重な資料です。

ちなみに列車種別や愛称を示すサボが入っていない事から優等列車ではなくローカルですね。

本務機がEF15なので機関車次位は当然暖房車。形式は前出の「鉄道ピクトリアル 2017年8月号」や屋根カーブの曲率からオヌ33上越仕様でしょうか。

屋根上の箱状に見える物は清水トンネル通過に対応して設置された整風板で、煙突を中心にX字上に配置されています。
ここから本来の編成で1両目はダブルルーフにリベット打ちのクラッシックな客車。スハフ32の初期形でしょうか。こんな車両が昭和30年代初めはまだまだ走っていたんですね。
2両目は広窓で車端部の絞りが無い切妻姿からスハ42かスハ43でしょうか。
3両目は狭窓が並ぶ丸屋根のスハ32。
4両目は再び広窓のスハ42かスハ43雪なのに開いてる窓がありますね。
5両目は再び狭窓が並ぶ丸屋根のスハ32。
6両目も狭窓が並ぶ丸屋根のスハ32。
7両目は再びダブルルーフの32系です。
途中で切れた等級帯が見られる事から2・3等合造車の様ですが、窓配置を見るとスロフ30の様に見えます。半室格下げしスロハフに編入した物があったのでしょうか?この辺りは通り一遍の資料では良く分かりません。客車は機関車以上に奥が深いですねぇ。
最後尾の8両目はマニですが形式は分かりません。

マニ関係も種車によって多種多様で何だかよく分かりません。

それにしてもリハーサルもままならないであろうシーンにも関わらず、岸恵子の体当たりの演技が素晴らしいです。
カットが変わって過ぎ去る列車を線路に駆け下りて雪を投げつけ激しく見送る駒子のシーン。

これもおそらく撮影地は一緒で別列車を撮影した物でしょう。
場面転換に挿入される蒸機(C11?)に押されるラッセル車キ100の除雪シーンです。

非電化路線のラッセルなので上越線での撮影では無いですね。
島村を待ち越後湯沢駅の改札に通う駒子。雪煙を上げて列車が発車していきます。

これも前のシーンと同じく、東口改札と思われます。この撮影後、おそらく昭和30年代に駅舎もコンクリート造りの新しい物になっています。
越後湯沢に到着するEF12牽引の下り列車。牽引機は冒頭に登場したのと同じ13号機〔高崎第二〕です。本機は昭和31年12月17日に長岡第二区に、昭和32年1月8日に水上区に貸し出され、同年2月16日に高崎第二区に返却されています。もしかしたらこの貸出は映画撮影が関係するのかも知れません。

暖房を持たないEF12牽引にも関わらず暖房車を繋いでいないので、おそらく撮影用に仕立てた列車と思われます。
越後湯沢駅で島村をひとり待ち続ける駒子。その前をEF12が発車していきます。横から見るとEF12の引っ掛け式標識燈の取付位置は随分と前に飛び出していますね。

これは上と同じ列車と思われます。
駒子の住む置屋の窓から見える上越線の列車。映画内では東京から来る列車。牽引はEF57です。

背景の建物や木々の形から、この場所も上の三重連のシーンとほぼ同じ地点で撮られています。そのシーンの左手に見える民家(下映像の民家)から撮影した可能性が高そうです。

そうするとこの列車は映画の設定と同じく越後湯沢駅を出た下り列車になります。
その民家がこれで、映画後半で駒子の住む置屋に設定されています。壁や窓の形から上の三重連シーンの左端に見える家と思われます。三重連シーンの駒子が駆ける小道は二人が歩くこの道で、右の突き当りが上越線の線路です。このカメラ位置は現在の上越新幹線の高架下辺りと思われます。

上の窓から見える列車は実際にこの家の二階から撮影したのではないかと思います。
ラストシーンの直前、同じく駒子の部屋から見える東京に向かう列車。実際にも上り列車になります。牽引機は暖房車を繋いでいる事や側窓配置からEF15の2次形以降と思われます。

以上で映画「雪国」の鉄道シーンの紹介は終わりです。

ちなみにこの映画は鉄道趣味的に見ても楽しめますが、純粋に映画としても抒情的な映像美に溢れたかなりの力作と思います。
また、駒子を演ずる岸 恵子の素晴らしい熱演、葉子役の八千草薫の可憐さなど、見どころも多いです。

興味を持たれた方は是非この機会に一度ご覧になられることをお勧めします。


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