1980年8月2日 深夜の石打駅
 
Update 2016.4.14

1980年の夏は、この年の10月改正でいよいよ引退が決定していた上越国境のEF16の最後の活躍を記録すべく8月1日夜から3日早朝?まで水上〜石打間に撮影に行きました。
ここで紹介するのは8月2日22時半頃から翌3日の3時過ぎの約4時間半の深夜の石打駅上り線の賑わいです。

夏休み中の土日と言うこともあって貨物列車の運休でダイヤと比べると撮影数が少なくなっています。写真自体は他のページで紹介済みのものがほとんどですが、こうして時系列で並べてみることで、当時の上越国境の賑わいを少しでも感じて頂けるかと思います。また、特急を除き旅客列車には荷物車が連結され、当時の夜行列車が新聞輸送や小荷物輸送の一端を担っていたことが伺えます。今はそれらは全てトラックに置き換わっているんでしょうね。

EF1611 22:30頃
石打に到着した私を最初に迎えてくれたのは福米タイプのEF1611号機とEF64一般形の重連でした。個人的に福米タイプは大好きだったので幸先が良い出だしににんまり。
当時の上越線は日本海側と関東を結ぶ重要路線で、貨物列車も長大編成がひっきりなしに走っていました。この列車は車扱直行貨物ですが石打の長いホームをはみ出してます。
3860レ  石打 1980.8.2
EF1612 22:50頃
3860レ発車後、10分ほどしてEF15164号機牽引の車扱直行貨物が到着。補機にはまたまた福米タイプのEF1612号機が登場。2両しかいない福米形が立て続けに現れ一気にテンションが上がりました。
3886レ  石打 1980.8.2
EF1612 22:55頃
列車到着〜補機連結〜発車の時間は列車によって差はありますが6分〜10分くらい。この列車は少々長く15分くらいの停車で、23時丁度に発車。
3886レ  石打 1980.8.2
EF5887
23:15頃
1番線にはEF5887号機牽引の荷2044レが到着。ご覧の通り短い編成でゴハチが単機で国境を越えます。この列車は40分弱のバカ停です。 駅の外はすっかり静まり返っていますが、構内は煌々とライトが灯りまるで不夜城の様です。ゴハチの横には今も変わらず駅前に残る川岳軒の姿が見えます。
荷2044レ  石打 1980.8.2
EF15135 00:12頃
日付が変わって今度は当時の新鋭EF65PF牽引の高速貨物の先頭に長岡区のEF15135が付きました。もしかしたら23時半頃の750レかもしれません。構内は夜霧で照明が拡散して幻想的な雰囲気に。
2092レ  石打 1980.8.3
EF15150
01:15頃

1番線(右側)に1時過ぎに到着したEF15150牽引の集配貨物672レの脇を、EF1623を補機にした高速貨2090レが先行していきます。
2090レ,672レ  石打 1980.8.3
EF1576
01:45頃
672レは2090レに続いて708M「佐渡8号」も待避。本務機EF15150の前に補機のEF1576(長岡)を連結し発車していきました。
672レ  石打 1980.8.3
EF1611 北陸 01:55頃
672レ発車後ほどなくして上り夜行列車群の先頭をきって寝台特急「北陸」が入線。補機にはこの日2度目のEF1611が登場。福米EF16とEF16唯一の特急仕業の組み合わせに感激です。
この「北陸」は昭和50年3月に上越線初のブルートレインとして20系で登場。当初は長岡区のEF58P形の限定となっていましたが、53年10月の14系寝台化で牽引機の制限が無くなり下りは長岡、上りは高崎第二のゴハチの牽引となっています。
3002レ「北陸」  石打 1980.8.3
EF1611 北陸 01:55頃
ヘッドマークが無いとは言え、普段貨物列車の補機仕業ばかりのEF16が14系寝台編成の先頭に立つ姿は感慨深かったです。ちなみに次位は長岡のEF5851。EF1611と合わせて大形のPS14パンタが4つ上がる姿が何とも言えません。
3002レ「北陸」  石打 1980.8.3
EF1621 天の川 02:07頃
「北陸」発車後5分ほどして上野〜秋田間の20系急行「天の川」が到着。この「天の川」も「北陸」と並ぶ上越線の老舗夜行列車で全車寝台という風格漂う編成でした。編成も昭和51年10月改正から急行のまま20系化され、「北陸」が14系化される昭和53年10月までの2年間は同じ20系の特急と急行が上越線に存在すると言う、何ともバランスの悪い状態でした。20系急行格下の象徴、カヤ21の前にはオユ10が連結されています。補機はEF1611と同じくグローブベンチレータのEF1621号機。本務機は長岡区のEF58です。
802レ「天の川」  石打 1980.8.3
02:35頃
約30分後、コキ編成の高速貨物2080レ(本務機EF651058)の前にEF1612号機が再び登場。EF15の後継として登場したEF65PFも、結局上越の地には根付かずその任をEF641000に譲っています。
2080レ  石打 1980.8.3
02:47頃
2080レ発車後10分ほどして今度は「能登」が入線。本務機は長岡区のEF58で補機はEF1629号機。 ISO400のTRY-Xが切れてISO100のネオパンSSになったので露出が少々不足気味です。オロネ・オハネフ・スハネ×4と10系寝台がズラリと並んだ編成も懐かしい。
3604レ「能登」  石打 1980.8.3
02:47頃
急行「能登」は昭和34年に東海道経由の金沢行きとして登場。昭和43年に一旦廃止となりますが昭和50年3月に上越経由の金沢行きとして復活し、その後信越経由となり、さらに電車化、碓氷峠の廃止で再度上越経由となるなど紆余曲折を繰り返しながらも現在も夜行急行としてその名を残しています。機関車次位はパレット車のスニ41。
3604レ「能登」  石打 1980.8.3
03:02頃
夜行列車のしんがりは上野〜秋田間の急行「鳥海」です。上越線での「鳥海」登場は意外と遅く昭和43年10月改正です。それまでは東北本線経由の秋田行き急行の名称でした。補機はEF1624号機の運用離脱でこの頃唯一のEF15原形を彷彿させる存在だった側窓変形のEF1628。本務機は高崎のEF58です。
804レ「鳥海」  石打 1980.8.3
03:03頃
機関車次位にスニ41・スニ40・マニ50と3両の荷物車が付く堂々たる編成。下り3番線には165系「佐渡7号」が到着。それを見届けるかのようにEF16とEF58はMT41とMT42の唸りを響かせ闇の中に消えていきました。
804レ「鳥海」  石打 1980.8.3


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