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推奨ありがとうございます。 最近はなかなかご無沙汰しているため、カメラ関係は疎くなっています。 昔は、いろいろな機種を見た記憶が有ったのに、と思っていました。 早めに、手頃な機種を購入します。 個人的な意見ですが。急行銀河の最終列車の牽引を150が引いてくれたら、有終の美になっと思うのは私だけですかね
>高槻山崎間さま フィルムスキャナですが、お手軽に済ませるのでしたらフラットベッド タイプの物でも最近はフィルムのスキャンができる物が多いと思うので、 それでも良いかと思います。 しかし、本格的にデジタル保存をお考えならやはりフィルムスキャナを お薦めします。 しかしながら数年前まではニコン、キャノン、エプソン、ミノルタと 選択肢がありましたが、今や現行機種を製造しているのはニコンとエプソン のみ。両社合わせても3機種しかありません。修理やソフトの対応などを 考えると中古を買うのはリスクが大きく、現行機種から選ぶのが無難だと 思います。どの機種も一長一短なので、使用目的とお財布と相談で 決めて下さい。 ニコン SUPER COOLSCAN 9000 ED 35mmから4×5インチ版まで対応の現行製品の最上位機種ですが販売価格が30万円前後です。 ニコン SUPER COOLSCAN 5000 ED 35mmフィルムのみですが、機能、画質は上の9000EDとほぼ同じかと思います。 販売価格は12万円前後。 エプソン PhotoPC Factory F-3200 35mmから4×5インチ版まで対応。付属ソフトの機能も充実しており、コスト パフォーマンスは非常に高いですが、画質的には? 販売価格は5〜6万円前後。 上の見解はあくまで私個人のものなので参考程度にお願いします。 ちなみに私は現在ニコンのSUPER COOLSCAN 5000 EDを使用しております。 各社ともフィルムスキャナは縮小傾向で今後新機種が作られるかかなり微妙に 思えますので、購入するのは今が最後のチャンスかと思います。 それでは投稿楽しみにお待ちしてます。(^^)
61の引退等の残念な話題が多く寂しい限りですね。 書き込み者の名の通り、昔からこの間で国鉄にしたしみ、沢山の荷物列車や急行銀河、ちくま、きたぐに等の列車の先頭に立っていた58が懐かしく思います。 ただ、残念なのは、幼い性でブルトレ特急のEF651000に目が行ったことで、EF58は次いでのイメージしかありました。 それでも、沢山のEF58の写真を撮っていたので、これらの写真をデジタル保存したいと思っています。 そこで、写真を沢山投稿された方々にお勧めのフィルムスキャナーを教えて欲しいと思います。 つたない写真でも思い出の写真が投稿したいと思いますのでよろしく御願いします。
皆様お久しぶりです。やっと公私ともに落ち着いて一息ついたところです。 久々の九州ブルトレの旅、「はやぶさ」で行きはシンデラ、帰りはソロでとんぼ 返りで慌ただしい内容でしたが結果的にはとても良かったです。今回、一番その 良さを実感したのは、車窓から眺める景色の近さです。 車窓を流れる景色をじっくり眺めるにはブルトレぐらいの速度が丁度良く、そこから その地の人々の営みまで感じる事ができるように思います。これが新幹線になると 早すぎて景色を見るどころか目が疲れてしまって、終いには車窓を見る事すら苦痛に なってしまいます。(私は…) 移動の手段としては東京から熊本まで18時間近く掛ける事は無駄以外の何物でも ありませんが、その間、様々な景色を落ち着いた車内に居ながらにして見ること ができると言うのは、他の列車や交通手段ではなかなか得られない物だけに、 できれば各路線に一列車ぐらいは寝台列車を残してくれたらなぁ…と思います。 9月に入って落ち着いたら、また乗りに行きたいところです。 >齋藤さま 以前にもオークションに出ていたものでしょうね。はやく安住の地を得て欲しい ですね。 >EF58-52さま 122、157号機共に無事のようで何よりですね。 ぜひ、数年後にオープンする新幹線博物館(でしたっけ?)にも両機揃って 展示して欲しいところです。 >horikinn5861さま 初めまして、今後ともよろしくお願いします。 122号機のプレート式先輪は確か1999年12月の全検時に代替品が無く、貨車の物に 交換されたと聞いた覚えが…。(うろ覚えなので間違ってるかも) このプレート式先輪、貨物機ではEF15の初期ロットの登場時にも使われましたが、 EF58では仰るとおり他には例は無いかと思います。
始めまして、以前から拝見させていただいております。 鉄道から20年以上離れておりましたが、ロクイチの引退が現実のものとなり58に会いたくなり一昨日、浜松工場一般公開に行ってまいりました。 122・157号機に23年ぶりに再会し気付いたところがありましたのでご報告いたします。 122号機の2エンド側の先台車の車輪がスポーク車輪(原形)から最近のスポークレス車輪に交換されていました。 ロクイチも87号機の車輪に交換されていることは有名ですがEF10〜13形電機機関車にみられたスポークレス車輪に車輪交換を実施した例は122号機が初?ではないでしょうか。 また、157号機の運転台には2休の札が掛けられており復活は絶望的のようです。 ロクイチの復活と150号機の末永い活躍を願うばかりです。
本日、JR東海浜松工場一般公開へ行ってきました。 毎年このイベントの主役は各形式の新幹線であり、在来線車両は脇役に 徹することになります。 事前に展示車両の確認をしていたわけではないので、EF58が登場するのか? という不安が当初からありましたが、122号機、157号機共に展示されて いました。 先月20日に自走で大崎へ向かい静かにパンタを降ろした61号機に話題を独占 されてすっかり影が薄くなってしまった両機ではありますが、他の展示車両に 見劣りしない存在感を誇示しているように感じました。(私だけ?) 思えば157号機は昨年11月に自力で浜松工場に入場するのを見送って以来 8ケ月ぶりの再会となります。 今回の展示に際して洗車された形跡はなく、正面窓のワイパ−が当たる部分を 省いて汚れが目立っている状態で、それがかえって現役機らしさを演出している ようにも感じられました。 ロ−プで仕切られているものの、車体を間近かで見ることができる状態の展示 なので、機関車独特の足回りの油の臭いも感じられます。 パンタを上げればそのまま走りだしそうな雰囲気で、地元東海道本線や飯田線で 活躍していた頃の雄姿が脳裏に浮かびます。 ただ、気になったのは昨年(2年前?)展示されていた機関車の姿がない事…。 (EF65−111、−112、EF64−66等) EF58以外の機関車には疎いのではっきり分りませんが、すでに解体された ような話も聞きました…。 帰り際には来年もこの場所に122号機と157号機が展示されているだろうか? という不安を抱きながら会場を後にしました。 浜松工場一般公開は、明日27日も10時〜15時まで開催されるので 久々に両機を見たいという方は行ってみては如何でしょうか?
2エンド側のキャビンが、今150万円でオークションで売られてます ここを覗いてる皆さんに お知らせまで
突然ですが、これから「はやぶさ」に乗って熊本まで行ってきます。(^^;) 憧れのオロネ25改めオロネ15に乗れるので久々にワクワクしております。 >ゴハチ信者さま いつもながらフォローありがとうございます。 国鉄からJRへの移行期はホントに今見てもイベントが目白押しですね。 そのとき鉄をやっていれば…とちょっと後悔…。
>管理人さま 遅ればせながら、サイト開設10周年おめでとうございます。 管理人さまがお尋ねの標記の列車は、「ザ・ラストランナーズ vol.2」のP.5及び「EF58ものがたり」のP.291によりますと、 1986.8.22〜1986.8.25に開催された田端運転所100周年記念イベントのアクセス列車として、第1会場の田端操と第2会場の東大宮操との間を 12系6連を牽いて期間中毎日1往復したとのことです。 なお、「ゆめTANKEN」のヘッドマークは最終日にだけ取り付けたとのことです。 当時は国鉄最後の夏でしたので、各地で様々な行事が開催されたのです。
>管理人さま その後の調査で、171号機も該当することが判明しました。
ううむ…。何だか未だに放心状態が続いております…。(-_-;) >みかんさま 61の臨時「銀河」も懐かしいですね。まだまだ普通に関西まで 遠征していた頃でしょうか。考えてみれば半世紀以上、現役を続けて 来たのですから、ここらで少々休みを取ってもらっても良いかも しれませんね。 61号機の今後については、正式には雑誌等で公表されるのを待つしか ないかと思います。今のところRMの例の記事だけですから…。 >To198403さま お祝いありがとうございます。 開設間もない頃からのお付き合い、嬉しい限りです。確か、1周年記念に 送っていただいた写真をトップページに掲出させて頂きましたね。(^^) 思えば、この10年でネットを始め社会を取り巻く環境も激変しました。 ネット接続も当時は電話回線で、電話料金を抑える為に夜11時〜朝8時の テレホーダイを使うのが常識でしたね。時計と睨めっこで11時ジャストに 接続してサイトのファイルをアップロードしたりしてたのも懐かしいです。 ゴハチに関して言えばこの間、2回の61お召しなど嬉しいこともありましたが、 その運転回数は年々右肩下がりに減少。ホームページ開設時に5両居た現役 ゴハチも事実上イゴマル1両になってしまいました。 もっとも、客車の減少でこの事態は当初から予想はしていた事ではあり ますが、もう少し緩やかに進行すると考えていただけに、122号機の引退から 現在に至る雪崩のような崩壊ぶりには、唖然とするしかありません。 なかでも、何だかんだあってもロクイチは最後まで残ると安心しきっていた だけに、今回の件は大きな柱を失った想いです。 ある面、10年という節目にサイトの今後の方向性を改めて考える良い機会と も言えますが。 何はともあれ、今後ともよろしくお願いいたします。 >単回もなかなかさま お祝いありがとうございます。 ロクイチ単回参戦お疲れ様でした。 ロクイチの撮影、あの姿がファインダーに飛び込んできた瞬間が一番楽しい? ような気がします。再びあの感動を味わいたいですねぇ。 ちなみに、大井の倉まで行かれたんですね。 ロクイチはやはり一番奥の庫まで押し込まれてましたか?
管理人様、HP開設10周年おめでとうございます。 いつもゴハチの素晴らしさ、奥深さ、趣味の楽しさなどなどを再認識させて頂いております。 今後ともちょくちょくお邪魔させて頂きます。よろしくお願いします。 先日のロクイチ単回ですが、私もいても立ってもいられずに、 半ば駄目もと(?)で沿線に駆け付けてしまいました。。 デジタル無線のことが頭にあったので、もはや自走はできないとの思い込みが あったのですが、原宿、新大久保などの駅端にすでに集結している方々は 田端方を向いてカメラを構えており、いよいよ自走っぽい雰囲気。。 とにかく被りが怖かったので、被りのないところ、ということで あまり迷っている時間的余裕もなく、巣鴨界隈の陸橋の上でロクイチを待ち受けました。 同業者の方々、大変平穏な雰囲気の中、さらには巣鴨という土地柄もあってか沿線住民の方々も加わり、 「あぁ、御召列車を引いてた機関車が通るのぉ〜!?昔、よくここを通ってたわぁ〜。 懐かしい〜。」などと、結果的には鉄ちゃんの数を上回るほどの一般人の方々にも 見守られ、眼前に現れたロクイチは足取りも速く走り去っていきました。 あまりにもいつも通りといった走りっぷり、光景に、その行き先が今回は品川ではなく、 大崎であるということが本当に信じられないという気持ちでいっぱいでした。 そして、ロクイチの撮影ってこんな楽しいものだったんだなぁ〜。 と今更ながら改めて再認識したのでした。 その後、やはり駄目もとというのと、本当に大崎の車輌センターに入ったのか、 ということをこの目で確かめたい、ということで近辺まで行ってみました。 数十名の熱心なファンの方々が集まっていましたが、 すでにロクイチは倉の中へ押し込まれたあと。。 その倉に続く線路には架線はなく、あぁ、ロクイチは田端にいたときのように たまに通電される、といったことはまずないんだろうなぁ〜。 と思わざるを得ない場所であり、なんとも複雑な心境でした。。。。 今度ロクイチが自走するときは『復活!』のときなんでしょうね。 ロクイチがやはり大事に厳重に保管されているということからも、 "その日"を信じることは、あながち間違いではない気もしています。
サイト開設10周年おめでとうございます。 「ゴハチのサイトがあるぞ。懐かしいなぁ」と思い、はじめにお邪魔させて いただいたのが、開設されて数ヶ月のころ。で、はじめて書き込みさせて いただいたのが、1周年の直前ぐらいだったでしょうか。 あの頃のことは、つい最近のことと思えてしまいますが、あのころから、 今までの間にもゴハチや客レをとりまく環境が随分かわってしまいまし たね。 このサイトで、ゴハチを思い起こさせていただいたお陰で、思い立って ロクイチ牽引の列車にも、何度か乗車できましたし、鎌倉お召しをはじめ 再びロクイチの写真を撮り始めることもできました。 ここ最新、急展開をみせているゴハチ、ロクイチの動向を静かに見守って いきたいと思います。 なにより鉄道の楽しさを再認識させてくださった、こちらのサイトには、 感謝、感謝です。
管理人さま、そのほかのみなさま、61の動きの詳細レポートありがとうございました。 関西に住んでいますので、動く61を最後に見たのは84年頃の銀河53号だったか。。。と思います。 それから考えると、長い間大事にされて、無事に走ってくれたものだなぁとしみじみします。 しばらくは保管が予想されるとのことですが、また月日が経って情勢が変われば、元気に走行する姿を見たいものですね。
とスポーツ紙の見出しのごとくだったら良いのですが…。(-_-;) 画像掲示板の方にも書き込みしましたが、昨日、61号機の単回が 田端から大崎まで走りました。大崎到着後、すぐに東京総合車両 センター(旧大井工場)の御料車庫に取り込まれた模様です。 この後、将来的に鉄道博物館に行くのか、はたまた奇跡の復活を 遂げるのか、それは今後の時代の推移で変わるのかも知れませんね。 取りあえず暫しの間は、1号編成や他の皇室車両と共に、同じ倉の 中でお休みでしょうか…。 せめて大井工場の公開時などに、是非、美しい姿を拝ませて欲しい ものです。<願わくば1号編成と共に! では、レスです。 >ゴハチ好きさま 遅レスすみません。 時代の趨勢で、人も物もその取り巻く環境や状況は絶えず変化して行きます から、何が絶対と言うことは誰にも言えませんよね。 鉄道車両の場合、解体さえされなければどんな可能性もあるはずです。 「あの」高崎で雨ざらしで腐っていた(表現はアレですが敢えて)EF55でさえ、 復活したぐらいですから。 >ゴハチ信者さま 遅レスすみません。 ご報告ありがとうございます。 > いずれも折り畳み式の円板が尾灯に設置されていた時期があるのが特徴です。 やはりそうですよね。ただし、円板付きでも標識燈掛けがあるタイプも 結構あるのが悩ましいところです。 ちなみに折り畳み円板の取り付けが行われたのはいつ頃なんでしょうね。 少なくとも20系「あさかぜ」登場時の昭和33年前後あたりには普及?して いたとすると、昭和32年末に登場の131号機から標識燈掛け無しの目撃例(笑)が 現れるのも何となく納得できます。 もしかしたら標識燈掛け無し機は、落成時から折り畳み円板使用を前提に したのかも知れません。この辺りは地道に各機の新製間もない写真を 当たるしかありませんね…。(^_^;) >豊田 幕二さま お久しぶりです。 ゴハチを取り巻く情勢は、本当にこの数年で激変しました。 せめて残る150号機の活躍を期待したいところです。 >みかんさま と言うことで動きました…。一応スジは 単9810 田端操13:04→池袋13:12→新宿13:18→原宿13:21→大崎13:29 と言うものでした。時間帯がお昼頃と言うことあり、私も含めスーツ姿の 面々も多かったです。(^_^;) >品川丼さま 殿堂入りはまだ先だと思われます…。 今後のロクイチの処遇については、正直なところよく分かりません。 2003年6月の毎日新聞の記事中に書かれた 「鉄道ファンから「一部で老朽化が進み、電気配線が傷んでいるのでは」と 心配する声があるが、JR東日本は「不具合があれば技術陣を総動員して 新しい部品を作り、両陛下が快適にお乗りになれるよう万全の整備を行う。 将来は鉄道博物館に永久保存することになる」と話している。」 からすれば、E655系の登場によりお召機としての役目を61と1号編成が終えた 時点で、今回の不具合?がなくても引退は時間の問題だったと思われます。 ただ、その予定が早まっただけで…。将来的には1号編成と共に博物館入りで、 それまでは大井で保管と言ったところでしょうか…。 >鳩1号さま 今年から来年にかけて山貨や東海道、高崎、東北でデジタル無線が導入され たら、物理的にも首都圏で走れませんし…。 >松松 浜松さま 写真投稿、お待ちしてます。実機の引退で、いよいよ模型に手が出そうで 恐ろしや…。(^_^;) > あの会社、解体はパッパッとやりそうでとても怖いです。 まぁ、経費をかけて残す立場としては同じ物を2両残すより、その分他の 車両を残すのは当然でしょうから…。 >EF58-52さま お見送りお疲れ様でした。 デジタル無線の導入は昨年のプレス発表によると今年の秋頃から 2009年末まで6段階に行われる予定になってますから、自走で回送する機会 は今の内だったと言うことでしょうか。 九州ブルトレの廃止、品川再開発で、かつての東海道在来線の栄華を彷彿 させる物は一気に無くなってしまいますね。あの敷地内には相当古い建造物 も多そうですし、品川鉄道探検隊などでそういった物を見られる機会が 欲しい気がします。
日付が変わってしまいましたが、私も昨日巣鴨付近で61号機の ラストラン?を見送りました。 今年3月からJR東日本管内はデジタル無線非搭載車両は走行 できない旨聞いていたので、本当に61号機が自走するのだろうか? という多少の不安がありました。 しかし、そんな不安を吹き飛ばすように私の居た場所を通過する時には かなりのスピ−ドで駆け抜けて行ったので撮影と掛け持ちではお別れの 挨拶を交わす余裕もありませんでした。 遠くに浮かぶ1灯ライトが徐々に迫り、 目の前を2CC2のジョイント音とMT42のモ−タ−音を響かせ通過、 そしてぼんやり片側のテ−ルライトだけ点灯させた機影が徐々に小さくなっていく…。 昨日もこの何度も経験してきたこのパタ−ンは変わらず…。 「本当にもう鉄路を走ることはないのだろうか?」 ちょっとした放心状態で時間が止まったかのような感覚になりました。 まだこの現実を素直に受け入れることができないまま東京駅から乗り込んだ 帰りの東海道在来線電車。 61が居ないのは分ってはいるものの、旧東京機関区の横を通過する際には いつものように倉の中をチェックしてしまいます。 当然、旧東京機関区の主61号機の機影があるはずもなく… それどころか電機はEF66とEF65PFが1両づつしか留置されていない というなんとも寂しい光景…。 かつての栄光の東京機関区の活気はまるでなく、廃墟のような寂しさで、機関車 時代の終焉を実感せざるを得ませんでした。 この界隈も再開発事業が計画されているようなので、数年後には旧東京機関区や 品川客車区、田町電車区も跡形もなくなってしまうのかもしれません。 61号機と共に東京機関区も伝説になってしまうのでしょうか…。
管理人様 KATO60改のコメントありがとうございました。ご指摘の通りでしてライト、ステップはサフェーサー吹きつけ後にボナパーツは購入したので妥協しました。また写真投稿しようかと思ったんですが、古記事持ち上げるのも皆様に失礼かと遠慮しました。どうしても投稿するとなると写真映りのよい画像をとなるので、綺麗に見えるんですね・・ お褒め頂きありがとうございました。ゴハチには魔性の力があって、米原の36や東京の88など同じ車両でもまた作ってみたくなるんです。そこがまたいい所なんですね。 61に動きがありましたね。 自走で回送というのが嬉しい限りです。あれだけの功績のある機関車です、まず解体はありえないとして今後どうなるのか気になりますね。 心配なのは122と157で、おそらくどちらかは名古屋に出来る博物館入りするのではないかと推測していますが、残る1両が非常に心配です。あの会社、解体はパッパッとやりそうでとても怖いです。とはいえ東も125を解体してますし、先日EF651100も北長野に運ばれました。元東京配置のPFが廃車も私にとって大変寂しい限りです。 牽く車両がないので仕方なく、鉄道もボランティアでなないのも分かっていますが、憧れた車両が消え行くのは寂しいですね。 少しでも ボロボロでも構わないので122と157は残っていて欲しいです。 長文失礼しました。
6/20の61の動きですが…。 某HPの情報によると、本日がラストランの様で…。 確実な情報かはわかりませんが、信憑性が高いです。 復活…してくれませんかねぇ。
こんばんは。 私も驚いていますが、本日13時半頃に単機で山貨を大崎方面に走行する 61号機を目撃しました。 久しぶりに聞く2C+C2のジョイント音に感動! しかし東京車両センターに行くとは、1号編成の引き出し以外に何が考え られるのでしょうか? 幕張の183/9系が鉄道博物館入りする為大宮に入場しましたが、ついに EF5861+1号編成も殿堂入りなんでしょうか?
本日、ロクイチが田端から東京車両センターへ自力で回送された、とのことを伺ったのですが本当でしょうか? 田端でそのまま引退と思っていたので驚きなのですが。。。 管理人さま、その他ファンのみなさま、詳細をご存知でしたら教えていただけないでしょうか。
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